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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1616

「遺骸の収容は終わっているそうだから波で海に流出しないように防波堤の位置まで引き揚げるだけだな」今回も準備運動に自衛隊体操を実施してから作業にかかると参加者の中では新山元将補の次に高齢の元3佐が第44普通科連隊の指揮所で聞いてきた話を披露した。それを聞いた参加者たちは安堵したように少し表情を緩めたが、小椋元3佐は顔を強張らせて一緒に廃材の山の解体に取り掛かっている茶山元3佐に声をかけた。
「やはり遺骸を回収したんですか」「そのために捜索してるんだから当然でしょう。底引き網を回収しようとしていて津波に巻き込まれた漁船では船主が魚と一緒に漁網に絡まっていたよ。建物の形を維持したまま流されてきた家屋の中では衣類をカバンに詰め込んでいて逃げ遅れた家族がタンスの下敷きになっていた」茶山元3佐は感情を交えず淡々と説明したが、愛知県で見るマスコミの報道では死者と行方不明者は数字だけで写真はおろか遺骸の状況も説明していない。衛星放送で見ているCNNなどの海外のニュースでは被災地の悲惨さを事実として伝えるため遺骸なども映しているらしいが、NHKは視聴者の目に触れないように編集を加えており、実情を直視する機会は奪われている。
小椋元3佐は本来、動物の死骸でさえ目を背けるような性分なのだが「元自衛官として惨状を見ておきたい」と考えながら作業にかかった。すると廃屋の中に残っていた炬燵の下から猫の死骸が見つかった。まだ寒かった3月11日では炬燵を抜けて逃げる気にはならなかったのだろう。津波が押し寄せた時には冷たい海水の中で溺死するしかなかったはずだ。
久しぶりの施設基礎作業と猫の死骸の埋葬を終えて宿営地に戻ると宴席が設けられていた。勿論、外部に漏れないように2つの業務用天幕に分かれて元幹部と連隊の各科長と中隊長、元陸曹と各中隊の先任陸曹の会合と言う形式を取っている。
「先ず犠牲者に黙祷を捧げましょう」乾杯の前に連隊長の堀脇1佐が殊更に沈痛な表情で声をかけた。どの災害派遣部隊の宿営地でも夜には犠牲者の亡霊が現れると言う。船岡の施設OB部隊も最初に野営した名取市の閖(ゆる)地域で魂魄の集団の来訪を受けている。そのため出席者たちも神妙な面持ちで目を閉じた。
「それでは諸先輩方の忌憚のないご意見とご教授を給わるべく潤滑油を飲むことにします。乾杯」次に副連隊長の発声で缶ビールを掲げ、宴席が始まった。そんな中、新山元将補と堀脇1佐が声をひそめて深刻な話をしていた。
「閣下は岩手県内の被災地にも行かれたのですか」「うん、毎回ではないが陸前高田市と宮古市には行ったよ」新山元将補の返事に堀脇1佐は軽くビールを飲んでから話を続けた。
「岩手県内では尾沢一郎を通してでなければ建設会社に復興工事が発注できないと言う噂があるそうですね」「それは噂ではないようだ。実際に政府の復興事業計画に介入して地方自治体の入札による大手ゼネコンへの発注を阻止して自分の息がかかった建設会社に分配していると聞いているよ」やはり各地方防衛施設局にも配置がある施設幹部の人脈は旧建設省、現在の国土交通省にも広がっているようだ。
「問題は地元の人間たちは尾沢の力で復興事業を誘致できると吹き込まれて、岩手県内での支持基盤を盤石にしようとしていることです。すでに水面下では衆参両院の議員だけでなく地方自治体の首長まで尾沢の子分を立てる動きが公然化していると聞いています」「彼の利権の収奪と政治的策略だけは天下一品だからな」自衛隊でも高級幹部には自民党の飼い犬として固定票を投じている一般の隊員には見えない一歩踏み込んだ政治の裏側が見えるらしい。
「中には災害派遣部隊の配置も尾沢の力で決められたなんて有り得ない噂もあるようです。岩手県の海岸沿いには八戸の施設部隊が分散配置された上、宮古市には最精鋭部隊が投入されたのも尾沢の意向だったと言うんです。確かに宮古市の大型の津波には全く役に立たなかった巨大な堤防も尾沢が作っていますから格別な思いがあるのかも知れませんが」「と言う噂になっているんだね。そんな世論操作も尾沢の得意技だ」新山元将補は中央で勤務していた時、尾沢一郎と言う新進気鋭の政治家が官僚とマスコミを手懐ける手法も耳にしたことがあるが、要するに金丸信直伝の利益誘導と冷遇、懐柔と恫喝の使い分けだ。
「この調子では今後も岩手県では尾沢が君臨することになります」「それだけじゃあない。仮に自民党に政権が戻っても予算が確保できなければ復興事業は地元の期待通りには進まないだろう。それが尾沢の影響力を自民党が阻害していることが原因と言う噂が流れれば国政選挙では不利になる。ところで尾沢は被災地の慰霊に来たのかね」ここで新山元将補が缶ビールを口に運んでから皮肉な口調で質問した。岩手県を選挙区とする尾沢一郎は大震災以降、一度も地元に戻っておらず8月の犠牲者の初盆の法要にさえ参加しなかったのだ。
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  1. 2019/07/19(金) 12:12:25|
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