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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1618

茶山家で2日間の休養をとってから小椋元3佐は私有車で陸前高田市に向かった。先週末に船岡駐屯地から現地災害派遣部隊に連絡を取ったが、第9施設群の作業指揮官は前川原の幹部候補生学校と勝田の施設学校の初級施設幹部課程の同期だった。小椋元3佐は30歳を過ぎてから部内課程に合格したため同期の中では年長で(部内課程の受験資格は陸曹に昇任して4年以上を経過し、入校時の年齢は25歳から35歳まで)定年も早かった。したがって20歳代で入校していた同期たちはまだ現役の中堅幹部なのだ。
「小椋教官、お久しぶりです」現地指揮所で待っていたのは勝田の初級幹部課程では同期でも上級施設幹部課程(=AOC)では教官と学生になった宇田1尉だった。
「それにしても定年後まで自主的に災害派遣に出動するとは流石と言うか相変わらずと言うかですね」宇田1尉は皮肉ではなく本気で感服しているようだ。幹部候補生学校の部内課程では陸曹気分を払拭するため追い詰めるように無理難題が科せられるのだが小椋候補生は常に泰然自若としていて大柄な体形と共にズバ抜けた存在感を発揮していた。
「それにしても凄まじい被害だね。先週は石巻へ行ってきたが、津波の破壊力の度合いが格段に違うようだ」宇田1尉が指揮所の壁に掲示してある陸前高田市の地図を指して被害と作業の現状の説明を始めると小椋元3佐はここに到着するまでに通過してきた市街地の惨状に対する分析を述べた。石巻市で倒壊していたのは木造家屋が中心で鉄筋コンクリート製の建物は残っていたが、陸前高田市では鉄筋コンクリート製でもガラス窓が枠ごと破られて、そこから流れ込んだ海水で部屋の仕切る壁も突き倒され、コンクリートの外壁も崩れていた。
「はい、爆破訓練で鉄筋コンクリートの建物を破壊しろと言われてもあそこまでやる自信はありませんよ」宇田1尉の謙遜に教官だった小椋元3佐は少し渋い顔をした。しかし、世界でも類がないほど耐震性が高い日本の建物が、地震に耐えながら津波によって破壊されてしまった。テレビでは上空からの中継の映像だけだったが、迫りくる巨大な波に飲み込まれた犠牲者たちが味わった絶望的な恐怖には背筋が凍りついてしまう。
「先ずは作業現場を案内しましょう」説明が終わったところで宇田1尉は小椋元3佐を外に連れ出した。指揮所が入っている公共施設は比較的高台にあるはずだが、それでも使用可能なのは3階以上だ。この建物も津波で水没した跡が壁に染み込んでいる。
「1名だけじゃあ作業員としては役にも立たんが復興作業支援としてやれる仕事を与えてくれ」宇田1尉に第9施設群群が瓦礫の撤去を実施している現場に案内すると小椋元3佐は懐かしそうな顔をしながら申し出た。本来であれば現場での作業指揮官だけでなく陸曹時代に取った杵柄でトラックの運転手、建設機械の操縦手でもやれるのだが、ここでも自衛隊と言う組織の硬直性が退職して1ヶ月にならない小椋元3佐の意志を阻んでいる。
「小椋教官には陸前高田市のボランティアに応募した上で作業指揮官を勤めていただく予定です。市の担当者も大いに期待していますから頑張って下さい」宇田1尉の説明に小椋元3佐は安堵したようにうなずいた。これが配慮に対する感謝を示しているのは言うまでもない。
「それにしても宇田1尉は八戸が長いね。AOCも八戸からだったろう」次の作業現場に移動しながら小椋元3佐は宇田1尉に雑談をしかけた。
「一度、岩見沢へ転属しています。おかげでPKOも経験できました」この返事に小椋元3佐は反対側の顔をしかめた。実は幹部候補生学校に入校中に豊川を含む第4施設団がカンボジアPKOに派遣され、その後も熱望を繰り返したが参加できないまま定年を迎えてしまったのだ。
「第12施設群が行ったPKOと言うと・・・」「アフリカの北キボールです。イラク派遣の陰に隠れて目立ちませんでしたけどイスラム圏での活動の予行演習みたいな面もありました」小椋元3佐はこの説明に北キボールPKOには妙な知人も参加していたことを思い出した。
「北キボールにはモリヤ1尉も行っていなかったか。俺は彼が収監されていた東京拘置所に面会に行ったことがあるんだ」「へーッ、小椋教官の人脈は凄いところにまで及んでいるんですね」宇田1尉は感心してくれたが、小椋元3佐としてはあまり有り難くはない。陸上自衛隊の常識を体現する1科長にとってモリヤ2佐は理解不能の要注意人物だったのだ。
「モリヤ2佐は坊さんとしてイスラム教の神官(ウラマー)と一緒に地鎮祭をやったり、食材として屠殺する山羊の供養をやったりと宗教関係で大活躍していたんですが、最後はやはり普通科の幹部でした。自分としては普通科連隊長として実戦経験を訓練に反映してもらいたかったですね」小椋元3佐もモリヤ1尉(当時)が北キボールで戦闘に巻き込まれて現地の若者3人を殺害した事件については服務事故関連の資料で読んでいる。その点、宇田1尉は現地で見ていたので具体的な事実を知っているはずだ。しかし、今回は深入りすることは避けた。
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  1. 2019/07/21(日) 13:17:34|
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