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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1621

「淳之介から玉城美恵子さんの帰国について相談されたんだけど」その夜、梢から電話が入った。私としては美恵子の航空券代を南城市の元義父母に送り、そこから台湾に送金させて那覇行きの直行便で帰国させる。そうすれば入国管理局の事情聴取は那覇空港で受けることになり、立会人は元義父母が出向けばすむと言う結論を出していた。それにしても私が最も巻き込みたくない人物に相談を持ち掛けた淳之介の軽率な行動は許し難い。私と梢の間に結ばれていた赤い糸が両親に引き千切られて、それを拾った美恵子が自分の薬指に縛りつけなければ結婚することはなかった。淳之介はそんな3人の複雑な人間関係を当事者として注視してきたはずだ。
「淳之介が台湾に行く航空券を頼んだんじゃあないだろうな」「まさかァ、那覇から台湾へ行く2人分の航空券と台湾から那覇へ来る便を3人分買いたいけど幾らかかるのかって訊いてきたのよ」この相談なら梢しかいないのは理解できる。その一方で恵祥が生まれてこれから出費が増える時期に南城市の祖父母に航空券を提供するのも軽率だ。やはり淳之介にとって南城市の祖父母は私の師僧でもある母方の祖父と同じく最大の理解者であり、尊敬に値する肉親であって孝行を尽くすことは道徳的な義務ではなく人間として当然の行為なのだ。
「しかし、淳之介はあかりと恵祥の生活費を安里家に送金しているんだろう。そんな余裕があるのか」「だから私に相談してきたんじゃあない。格安の航空券を何とかできないかって言うのよ」梢の口調には全く不快感がない。本土の常識的な義母であれば娘が出産すれば夫である婿は可能な限り節約して養育費や将来の教育費に備えることを要求するはずだ。それが別れた母親が犯罪者としての刑期を終えて帰国するのに多額の出費をしようとしているのだから腹を立てるのが普通だ。梢の目には淳之介の孝心は尊重すべき美徳に映っているようだ。
「ワシとしては台湾に1人分の航空券代を送らせて那覇空港で入国管理局の事情聴取を受けさせようと考えていたんだがな」「なるほどォ、そうすれば南城市のご両親も那覇で立ち合えばすむ訳ね。流石に一枚上手だわ」梢に感心されて私も電話口で笑ってしまった。
「確かに向こうの出発予定時間が判らないから飛行機の予約には困っていたのよ。確実に乗れそうな夕方か夜の便を予約するつもりだったけど、料金を送って向こうで買わせたた方が正解よ」「当日は裁判所で執行猶予中の素行を確認されて、そこで許可されれば国外退去になるそうだ。アイツは広東語ができないから通訳を交えての審理だと時間がかかるはずだよ。おまけに大馬鹿だしな」最後の台詞は余計だったようで梢は唾を呑んで返事をしなかった。
「それで幾ら送ればいいのかな」「航空会社によるけど1万5千円が基本だね。最近は割安の航空会社も参入してきてるけど、予約が不確実だから国外退去処分で搭乗するには信用されないかも知れないわ」梢の説明で私も自分が出した結論を実行できることになった。後は送金する方法だが、南城市の元義父母に届けるには淳之介から送らせるのが適切とは言え、それでは石垣島と南城市経由になり、現地で航空券を予約するのが裁判に間に合わない可能性もある。私が直接、南城市に送ればすむ話だが美恵子が帰ってくる以上、現在の絶縁状態を維持したいと言う気持ちは強まっている。勿論、淳之介には関与させたくない。そうなると王中校を通じて担当弁護士に手渡してもらうのが現実的なようだ。
「台湾で購入すると台湾ドルだろう。そうなると日本円に比べて割高になのか割安になるのか」これは王中校を通す以上、料金不足と言う失策を避けるための確認だ。
「流石は二枚上手ね。基本的には発展途上国で買った方が割安になるわ。それは郵便や国際電話の料金なんかも一緒よ」再び梢に誉めてもらって今度は少し胸がときめいた。
「それなら2万円で十分だな。あまり高額にすると支度金まで含まれていると思われそうだからな」どこまでも冷淡な私の態度に梢は溜息をついた。
「ところで貴方は何時、恵祥に会いに来られるの」ここで突然、話題が変わった。言われてみれば初孫の恵祥が生まれて1ヶ月が経過しようとしているが、東北地区太平洋沖大震災の災害派遣命令は継続しており、陸上幕僚監部も出動中だ。今回の淳之介の代わりに石垣港で美恵子を出迎えると言う予定も調査のための旅費を伴わない出張の名目を作って行くつもりだった。
「災害派遣が終息しないと特別休暇以外は認められないんだ。それは佳織も同様だ。あかりと恵祥が元気なんだろう」「うん、おかげさまで」梢は落胆を隠すように明るく返事をした。
「梢のご両親は何か言っていないか」「ウチの親は災害派遣が長期化して大変だって心配しているけれど、沖縄では福島原発の事故以外の震災報道はあまりしてないから今一つ実感が湧かないみたい」沖縄の地元2大紙やテレビの地方局は福島原発の事故を首都圏の電力需要を賄うために危険な原発を東北に押しつけたと断定し、本土決戦の前哨戦の舞台にされた沖縄と同じく日本の犠牲者だと扇動している。これを調査すると言うのは出張の名目に使えるだろうか。
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  1. 2019/07/24(水) 12:29:30|
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