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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1622

結局、私は王茂雄(ワン・マオシィォン)中校(中佐)に玉城美恵子受刑者の航空券代を送金し、那覇への直行便で帰国させるように依頼することに決めた。ところが意外なことで頓挫してしまった。昼休みに銀行で2万円を台湾ドルに換金し、郵便局に寄って台湾宛ての現金書留用封筒の入手方法を確認したのだが、担当した若い女性職員は申し訳なさそうな顔で説明した。
「台湾には現金書留は送付することができません」「へッ、何で」意表を突き過ぎた回答にこちらも咄嗟に反応ができなかった。
「台湾では書留通常郵便物は禁制品に該当しますから受けつけることができません。なお、国際郵便為替をお作りになればその証書を送って先方が台湾の郵便局で現金に換金できます。ただし、手数料が2500円必要になりますが」女性職員は受付のカウンターの向こうに立てたデスク・トップのパソコンの画面を見ながら説明した。日本国内の郵便書留でも中身と切手代が変わらないことがあるから2500円を送料と考えれば文句はないが、日本の自衛隊の幹部とは違って高い社会的地位を有する王中校に現金化させる手間をかけるのは無礼極まりない。何よりも台湾ドルに換金したのが無駄になってしまった。兎に角、迷惑をかける女だ。
「宮弁護士、玉城美恵子に日本に帰国するための航空券代が届いたよ」数日後、台北市の中華民国行政院法務部(日本の法務省に相当する)に出向いた王中校は宮寛君(ゴン・グァンジュン=陳江河の偽名)弁護士を呼び出した。宮弁護も職業上の興味から法務部に顔を出すことは歓迎だ。何よりも法務部の玄関ロビーの隅にある面談席に座っていると軍服を着た王中校と一緒にいることだけで周囲は尊敬の眼差しを向けて来る。
「彼女は頼ることができる親族はいないと証言していましたが、出処は誰ですか」宮弁護士は裁判に先立って高額の弔慰金=慰謝料を支払うことで告訴を取り下げさせると言う日本人には一般的な提案をしたのだが、玉城美恵子は始めから受けつけなかった。その後も両親を証言のために出廷させたのだが、台湾人でも気軽に旅行する沖縄からの渡航に手間取り、遅きに失した感があった。実際、執行猶予中も親族と連絡を取っている様子はなく、孤立無援・絶縁状態であることを確信していたのだ。
「送り主は公判中に名前が出た前々夫のモリヤニンジン中校(2佐)だよ。モリヤ中校からは両親が支払ったことにしろと言ってきている。関係を断って20年が経過しているから絶対に知らせないでくれとかなり強硬な文面だった」ここで王中校は離れた席に座っていた上士=下士官を手で呼び、小銭を渡すと3人分の缶コーヒーを買ってくるように指示した。
「モリヤ中校は弁護士でしたよね」「うん、日本の陸軍司令部(陸上幕僚監部)の法務官室で勤務しているよ」宮弁護士は軍に関しては門外漢だが、日本の多くの弁護士にような「反自衛隊=反軍」思想には染まっておらず、国防を国民の義務とする国際常識を身につけているのでこの説明でモリヤ2佐の立場は理解できた。やはり玉城美恵子には不似合いな人物のようだ。
「ところで暫緩緩刑(執行猶予)の間、玉城美恵子(ユーチョン・メイファイスー)は問題なく務めたのかね」そこに上士が無糖ブラックの缶コーヒーを3本持ってきた。この上士は第6軍団指揮部法務官室の事務室に所属しており、専属ドライバーも兼務しているため頻繁に国防部や法務部、軍人が関係している裁判に出向く王中校に同行するので、このような嗜好まで熟知している。その点、甘くミルク入りのコーヒーが好みの宮弁護士は外されてしまった。
「玉城は広東語を学習しないので管理職の評価は芳しくないですが、現場で接している看守や雑役係からは真面目に勤務すると評判は悪くありません。特に理髪師としての腕はかなりのもののようです。我々も被告人の髪が綺麗に整えられるようになってテレビ映りが好くなったと弁護側は歓迎し、検察側は困惑しています」「確かに視聴者が好感を抱くようでは犯罪を憎悪する世論が起きにくくなるからな」台湾でも公判がテレビ中継されるため被告人が与える印象は検察・弁護双方が気を遣う点だが、拘置所から法廷に往復するしかない被告人に弁護人ができることはない。そこに意外な支援者が出現したことになる。この裏話に王中校は納得したようにうなずいて缶コーヒーに口をつけた。
「もう1つ、これは看守が言っていたのですが、死刑執行前に最期の整髪をさせるとその出来栄えを鏡で見た死刑囚が微笑むそうです」「ふーん、帰国させないでそのまま拘置所で働かせたいものだいな」実は台湾には理容師の国家資格はなく、業界の技能検定に合格し、公的機関の営業許可さえ得れば理髪店を開業できるのだが、玉城美恵子の場合は広東語を習得しないため関係法令の学科試験や接客の問題が解決できない。
「帰国しても理髪師に戻れる見込みはないのだろう。君は勧めなかったのか」「理髪以外の勉強には頭が働かないそうです」王中校と宮弁護士は渋い顔を見合わせてコーヒーを飲んだ。
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  1. 2019/07/25(木) 12:55:06|
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