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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1623

陸前高田市の住宅地では復興作業を指導している小椋元3佐に大学生のボランティアたちは作業学の教授のような態度で接していた。小椋元3佐本人としては特別なことをやっているつもりはないのだが陸曹候補生で入校した陸曹教育隊や幹部候補生学校で学習し、部隊で練成した各立場の指揮の基本を適度に実施しているだけだ。
「こんにちは、市の復興ボランティアです。私はこのグループのリーダーを務めている小椋と申します」小椋元3佐は比較的高台にある被災住宅で先に来て作業を始めている家族に声をかけた。今日も住宅街の通り沿いに1軒ずつ片づけていく予定だ。
「K隊長さんのグループが来てくれたなら安心だ」玄関から出てきた家主とその妻は小椋元3佐の顔を見ると安心したように笑った。「K隊長」と言うのはこれまで作業に当たってきた被災住宅の家族が作業服の胸に縫い付けている名札を見て「小椋佳の小椋さんかァ」と言ったことで広まった呼び名だ。大学生たちは世代が違うので小椋佳と言う歌手を知らなかったが、住民たちが口々にこの仇名で呼び、中には「さらば青春」や「シクラメンのかほり」「愛燦燦」などを口ずさむ人もいるため定着してしまった。それでも漢字が判らないのでアルファーベットの「K隊長」にするところが今風だ。
「男子で家具と畳を運び出します。女子は襖と小物です。旦那さんは男子、奥さんは女子と一緒に作業をして下さい。そうすればその場で指示もできますから」小椋元3佐は作業の前に指示を与えたがこれは住人に向けたものだ。学生たちは小椋元3佐の指揮を受けることに慣れ、今では元施設学校教官として「施設基礎作業を習得している」と言う認定状を発行したいくらいの習熟度にある。すると大学生たちは門の前の道路に並んで体操隊形を作った。
「作業の前には準備体操です」「重い物を持つから関節を痛めないように」「膝屈伸から」「1,2、3,4、2、2、3、4・・・」やはり社会に出れば指揮を執る立場に就くことが多い大学生は自衛隊で言う列員(整列した時に並ぶ側)よりも指揮官になってしまうようだ。小椋元3佐の新隊員前期・後期課程の同期に剣物(けんもつ)2士と言う関西地方の大学出身の隊員がいた。剣物2士は教育内容だけでなく生活指導についても区隊長や班長が言うことをその場で理解していたため同期たちは班長に訊くことを面倒臭さがり、剣物2士の指示を仰ぐようになった。すると大人の考え方をする剣物2士は自分の立場を独り悩むようになっていた。
「本当は剣物さんもこんな風に思うままに行動したかったんじゃあないのかな」指揮官も立てないのに過去のパターンで体操を進める大学生たちに合わせて動作しながら小椋元3佐はあの頃は考えもしなかった同期の気持ちを慮った(おもんばかった)。剣物2士は陸曹候補生も一緒になったが、新隊員後期課程の時から一般(部外)の幹部候補生を受験させられ、陸曹に昇任して4年後からは部内との2正面作戦を強いられていた。結局、陸曹として北海道に転属し、そのまま出身地に近い駐屯地に戻った頃までで音信が途絶えてしまった。
「K隊長、体操終わります」指揮官でもないのに体操を仕切っていた女子大生が声をかけてきた。その間に学生たちは男女に分かれ、作業用の手袋をはめて準備を進めている。考えて見ればこの学生たちの中には教員志望者も少なくない。教員は児童や生徒に清掃などの作業を指導する機会があるはずだ。その意味ではこの作業も単なる奉仕活動ではないだろう。
「材点検、1、2」「待って、引き出しを抜くから」男子学生がタンスを持ちあげる前に小椋元3佐から習った通りに手元を確認しようとすると横から女子学生が声をかけた。これであれば作業内容さえ指示すれば後は現場監督すら不要だが、頭が働くだけに勝手な理屈による自己流に走ることだけは注意しなければならない。
「小椋さん、私も自衛隊に入ろうと思うんですが」最終日のボランティア作業が終わって宿泊している避難所の体育館の前の炊き出しの夕食を食べていると女子学生が声をかけてきた。
「自衛隊と言っても君たちなら幹部候補生だね」「でも新隊員が普通なんでしょう」この女子学生は仲間から雑多な情報を仕入れているようだ。小椋元3佐が現役であれば縁故募集になるように新隊員の受験も勧めるところだが、あの頃の剣物3曹の気持ちを噛み締めていただけに口にできなかった。剣物3曹は陸曹としての誇りを感じながら職務に励んでいても周囲は「早く幹部になれ」「陸曹では勿体ない」と勝手な期待を強制していた。やはり適材適所は本人の意思だけでは定まらないのかも知れない。
「自衛隊では自己判断が許されるのは幹部、陸曹は規則と命令の枠からはみ出すことはできない。貴女が自衛隊に何を期待しているかによって棲み分けるべきでしょうね」小椋元3佐の助言に女子学生は真顔で考え込んだ。バブルの時代のキャピキャピ女子学生とは人種が違うようだ。
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  1. 2019/07/26(金) 12:21:57|
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