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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1625

森田曹侯補士は中隊長・松山3佐の配慮で月曜日の午後で下番する当直士長と土・日曜日の警衛勤務につくようになり、演習がなければ火曜日に代休を取って終日のデートを楽しむことができるようになった。それでも特別外出=外泊は許されないので夜8時でお別れだ。
「あッ、来たわ」この日も広橋照子は旭川駅の改札口の前で待っていた。森田曹侯補士が乗ってくる宗谷本線は基本的に1時間に1本だ。照子は改札口を出て来る人たちの中に森田曹侯補士の姿を探している自分に気づいた。利用者はそれほど多くない。ましてや今日は平日だ。それなのにすれ違うことをおそれている自分に苦笑してしまった。
「こんな気持ちで人を待つなんて・・・」照子は旭川市内の高校だったので電車通学はしていない。短期大学は札幌市だったが親戚の家に下宿していたので同様だ。別れた夫は実家の牧場で働いていたのでデートは家から出発だった。映画やドラマ、漫画などでも駅での待ち合わせは若い恋人たちのデートの定番だが照子は初体験なのかも知れない。
すると数着しかバリエーションがないポロ・シャツにGパン姿の森田曹侯補士が利用者たちから遅れて歩いてきた。照子は自分に会いたい気持ちで真っ先駆けて来ると思っていたのでそれがかなり不満だった。森田曹侯補士が自慢の脚力を使うべき時は今ではないか。
「待ったのか」「うん、凄く待ったわ」思いがけない照子の返事に森田曹侯補士は戸惑ったように照子の顔を見た。すると頬が膨らんでいる。これでは大人っぽく演出している服装が台無しだ。森田曹侯補士は照子の年甲斐もない脹れっ面に噴き出して指で軽く突っついた。
「馬鹿・・・」流石に「ブッ」と息を噴き出したりはしなかったが照子は恥じらったように笑った。その笑顔に森田曹侯補士は唇に塗っている口紅の色が変わったことに気がついた。
「お前に会う前に構内のトイレに寄って来たんだ。一緒に歩いていてトイレを探すのは格好悪いだろう」この種明かしも決して格好良くないが照子も納得した。照子自身も同じことを考えてトイレに寄って来たばかりだった。
「でも2週間も待ったのよ。本当に長かったァ」今度は不満にはならない嘆き節だ。先々週は実弾射撃訓練があり、陸上自衛隊では実弾射撃を実施した後、銃身内の線条溝(いわゆるライフリング)に延焼した火薬の飛沫が固着することを防ぐため3日間連続で銃手入れをすることになっているので代休は取れなかった。先週も月曜日から金曜日までは名寄訓練場での接敵訓練に参加していてやはり代休はお預けだった。
国防を主任務とする自衛隊にとって災害派遣は体力を消耗し、戦闘技術とは別の作業に従事するため練度の低下が懸念され、疲労回復後は早急に本来の訓練を再開しなければならないのだ。照子としてもそれが仕事とは判っていても会いたい気持ちとは別枠だった。
「災害派遣でやってこなかった訓練を挽回しているからね。災害派遣では危険防止のために姿勢を高くするけど戦闘では逆なんだ。意識している間は姿勢を低くしていても何かに気を取られるとついつい頭を上げてしまう。それで戦死だよ」「どっちが楽なの」「それは背中を伸ばしている方だな」森田曹侯補士の返事を聞いて照子は隣を歩いている姿勢を見直したが、確かに背筋が伸びて颯爽としている。手を前に45度、後ろに15度の基本教練の徒歩行進の通りに振っているため腕は組めないが見惚れてしまう。
「ところで今週のお前の番組は聴けなかったんだけど、どんな内容だったんだ」赤信号で立ち止ったのを逃さず、腕を絡めてきた照子に森田曹侯補士が訊いてきた。それにしても立ち止る時、音を立てて踵を引きつけるのは止めてもらいたい。それでなくても年の差カップは目立つのに年下の男の子が自衛官と判っては元も子もない。
「今回は北海道にはない梅雨の話題になって雨の歌特集になっちゃったのよ」確かに季節的には梅雨入りだが、北海道でも内陸で北部の旭川や名寄では実感が湧かない。
「梅雨かァ、うっとしい季節だよ」梅雨の経験者である森田曹侯補士の見解に照子は顔を見上げた。演習に行っていなければ番組の構成を考える時に話を訊いてリアルなネタを仕入れることができた。聴取者からのメールが複数届いていたので話題にしたが少し早まったようだ。
「雨の歌って意外に多いのよ。ジャンルもニュー・ミュージックから演歌、洋楽まで世代もバラバラ・・・八神純子の水色の雨、井上陽水の傘がない、三善英史の雨、欧陽菲菲の雨の御堂筋、ジーン・ケリーの雨に唄えば、B・J・トーマスの雨にぬれても」照子の説明が終わりそうもないので森田曹侯補士は雨の代わりに水を差した。
「軍歌もあるぞ。討匪行に緑の戦線」どちらも父の森田3佐の愛唱歌だが、緑の戦線は本来、重い泥靴と言う戦時歌謡曲で、自衛隊では題名と歌詞を変えて唄っていた。討匪行は昭和49年に麻生よう子がレコード大賞最優秀新人賞を取った逃避行とは別なのは言うまでもない。
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  1. 2019/07/28(日) 12:00:50|
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