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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月1日・日本の高校体育の病巣・甲子園球場が竣工した。

大正13(1924)年の明日8月1日に日本の体育教育を蝕んでいる病巣である阪神甲子園球場が竣工しました。
野僧は生徒会の執行部として運動・文化各部の部費を統括する立場に就いて硬式野球部だけが突出して高額な部費を請求し(女子のソフトボール部の10倍)、配分されていることに疑問を感じて野球部員に用途を確認したところ、「他の高校の半額以下だ」と抗弁したため愛知県内の私立・公立高校の実態を調査しました。すると事実上はプロ化している私立高校ばかりか強豪校に数えられている公立高校でもウチの高校の倍額を超える部費を使っていることが判明したのです。理由として硬式ボールは高価な上、金属バットで打つため消耗品化しており、逆に硬球を打つバットも変形や破損が頻発し、さらに1から3塁の布製のベースもスパイクで強く踏むことで破損が絶えないことを上げていました。ソフトボールも似たような競技ですが女子の筋力ではここまでの衝撃はないそうです。さらに問題なのは名門校との練習試合だそうで、交通・宿泊費は勿論のこと信じ難いほど高額な謝礼金が必要なので公立高校の部費では支払えるはずがなくOBたちの寄付で賄っていると内緒話で告白しました。
このような狂った部活動が存在し続けている最大の理由はNHKと朝日新聞に代表されるマスコミが阪神甲子園球場を「聖地」と喧伝してそれに慣らされた視聴者がテレビのチャンネルを合わせ、暇と金があれば球場にまで足を運ぶからです。
夏の全国高等学校野球選手権大会は昨年で100回を迎えましたが、大正4(1915)年に全国中等学校優勝野球大会として始まりました。会場は現在の大阪府豊中市にあった豊中グランド内の球場で、第3回大会から現在の兵庫県西宮市にあった阪神競馬場内に設置した球場に移りました。ところが多くの観客が集まるようになり、仮設の観客席では収容し切れず、主催者の大阪朝日新聞と阪神競馬場の所有社である阪神電鉄が協議した結果、河川整備で確保した土地に本格的な球場を建設することが決定したのです。この決定の大正13(1924)年が十干十二支の組み合わせの最初の甲子(きのえね)年だったことから「縁起が良い」と甲子園大運動場と命名されたそうです。
しかし、阪神甲子園球場はあくまでも大会の会場=器に過ぎず、中身が問題のはずなのに春の毎日、夏の朝日の両新聞や実況中継を独占しているNHKが球場で試合できること自体を特別視する演出を続けているため、阪神淡路大震災でスタンドが破損して強度に問題が生じていても春の大会の開催を強行し、マスコミ各社は読者・視聴者の反発を懼れて、それを問題視する報道を放棄しました。さらに現在の大会期間中の気温が屋外競技を実施するのには不適切なことは選手を含めた全員が認識していても冷房装置が機能しているドーム球場への変更を提案する者は誰もいません。
高校サッカーの聖地だった国立競技場がオリンピックに向けた改築のため簡単に変更したのに比べても甲子園球場と高校野球を唯一絶対視するマスコミと愛好者たちの異常性が高校体育の健全な発展を阻害している現実を訴えたいものです。
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  1. 2019/07/31(水) 12:00:15|
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