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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1629

作手総合支所での小椋元3佐は面積が広く山がちな旧作手村内の中学生の登下校と2010年度から県立高校と中学校が中高連携一貫教育に移行したことによる合同の行事の移動や2013年度に統合される4つの小学校の交流を活発化させる行事の送迎などのスクール・バスの運転手が主な仕事だ。この他にも庁舎内外の環境整備も担当しているがこちらは暇にさせないための時間潰しみたいなものらしい。
「小椋さん、東北に行ってきたんですか」小椋元3佐が東北に行っている間、継続勤務してくれた前任者との引き継ぎを終えて下校時のバスに乗務すると生徒たちが親しげに声をかけてきた。自衛官には定年退官3ヶ月前から再就職にむけての準備として与えられる「付(づき)」の期間も見習いとして運転手をやっていたため中学生たちとは顔見知りなのだ。
「被災地の復興ボランティアに参加してきたって聞きました」続いて乗りこんできた中学生は少し敬意を込めた視線を送りながら話題を引き継いだ。
「随分と詳しいな。またお母さんたちが噂していたのか」旧作手村に限らず東三河の人間は異常なほど噂好きだ。地元に住んでいない娘が遠隔地の市役所に離婚届を出しても本籍地が東三河の田舎であれば町役場の担当者から個人情報が漏洩し、娘の両親は会った人から「娘さん、大変でしたね」と声をかけられる。うっかり末期癌と診断されれば診療所の受付の小母さんから噂が流れ、葬儀屋や佛具店は営業を開始し、菩提寺の住職は戒名を考え始める。これは悪意と言うよりも運命共同体としての過剰サービスに類するものだが、中学生たちも日常生活の中でその事前訓練を受けているのが判る。
「だって小椋さん、自衛隊を定年しても運転手さんにならなかったんだもん」「どうしちゃったのかなァってみんなで心配したんだよ」次々に乗り込んでくる中学生たちは運転席の周りに座ってピーチク・パーチク騒ぎ始めた。自衛隊でも陸曹時代は周りに陸士が集っていたが、幹部になってからは距離を置かれていたので懐かしい気分になってきた。
「そうしたら東北へ行って自衛隊の続きをやってるって奥さんが教えてくれたんだ」どうやら今回の発信源は農協に勤めている妻のようだ。作手村出身の妻は生まれながらにこの情報網に組み込まれているから仕方ないことだ。おまけに評判の美女なのでこちらも人が集まってくる。
「前方よし。後方よし。右よし。左よし。発車」部活を終えた中学生が乗り込み終わったのを確認して小椋元3佐は歓呼操縦でマイクロバスを発車させた。校門に向かう通路では自転車や徒歩で通学する生徒たちがふざけ合っているので要注意だ。そんな小椋元3佐の真剣な顔を見て中学生たちも黙って前方を注視していた。
「僕たち東北の地震のことを研究してるんだけど今度教えて下さい」市街地とは呼べない居住地域を抜けて次の集落に向かう農道に出ると真後ろの席に座った男子生徒が声をかけてきた。
「先生はテレビのニュースと新聞をシッカリ読めば判るって言うけど、本当のことを書いていないように感じるんだ」2人掛けの隣りに座った男子生徒も加わってきた。
「本当はもっと酷いのに判らないように隠しているみたい」今度は通路を挟んで最前席の女子生徒が見解を述べた。この女子生徒はリーダー的存在のようで他の生徒たちが一斉にうなずいたのがルーム・ミラーで見えた。
「トモダチ作戦って何ですか。先生はインターネットをやっちゃあいけないって言うけど、お兄ちゃんに見せてもらったら新聞に書いていないことが一杯載ってたんだ。その中でトモダチ作戦に興味を持ったんです」トモダチ作戦については退官前に部隊に顔を出して読んだ内部資料で概要は知っている。今回、船岡施設OB部隊として石巻市に行って宿営地に間借りした時にも夜の会食で話を聞いた。やはり政権与党がマスコミに圧力をかけて都合が悪い事実を隠蔽しようとしてもインターネットの時代には限界があるようだ。
「今度、中学校で東北の話をすることになったら質問に答えるから前もって教えてくれよ」「うん、みんなで話し合って聞きたいことを一覧表にします」「あまり難しい質問をして恥をかかせないようにな」話に区切りがついた時、最初の集落に着いた。ここで3人の生徒が下車した。昔は全ての集落から自転車通学していたはずだが、途中で1台も対向車には合わず、民家は道路と田畑を挟んだ位置にあるため悲鳴を上げても聞こえそうもない。おまけに作手では熊の出没情報もある。その意味ではバス通学にする必然性は十分に理解できた。
「もう暗くなったから家まで気をつけて帰りなさい」「大丈夫、あの家だから。ありがとう」最後に残った男子生徒を下ろす頃には太陽が山の頂に沈んだ夕焼け空も色を失い、薄暮が周囲を包み始めていた。初夏のこの時間でここまで薄暗ければ真冬には漆黒の闇の中だ。
脇道を使って向きをかえて帰路に着くとその男子生徒が家の前で手を振っていた。
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  1. 2019/08/01(木) 12:20:43|
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