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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月3日・「答え1発」カシオ・ミニが発売された。

大阪万博から2年後で札幌冬季オリンピックが開催された昭和47(1972)年の8月3日にテレビ、冷蔵庫、洗濯機の3種の神器に続く家電の革命の1つに数えるべきカシオ・ミニが発売されました。
当時の小学生は江戸時代の寺小屋そのままに「書き=習字」と「算盤(そろばん)」が必須の習い事で、「学校の算数が判らなくても算盤と暗算ができれば生活には困らない」と言われて塾で受ける検定の級の上位を目指して練習に励んでいました。
確かに野僧は算数・数学に関しては「大脳に数理の機能が欠落している」と数学の教師の叔父が断定するほど無能ですが、小学生時代に算盤と暗算に励んでいたため計算は苦手ではなく、アラスカ人の彼女とつき合っている時には買い物をして支払いとお釣りの計算を店員がレジに打ち込むよりも早く暗算で済ませることに感心されていました。そのような日本の伝統文化を根底から破壊しかねない衝撃を与えたのがカシオ・ミニでした。
それまで電子計算機と言えばコンピューターを意味し、大型で操作が難しく何よりも高価なため大企業や官公庁などが保有し、大量で複雑な数字計算に使用する専門的な機材と思われており、個人商店では機械式のレジスターと算盤が活躍していたのです。
そんな折、テレビで「兎角この世は計算さ 数と数とのせめぎ合い 足しても駄目なら引いてミニ 掛けても駄目なら割ってミニ 答え一発 カシオ・ミニ」と言うCMが流れました。これを見ても田舎の小学生には訳が判らず歌だけを憶えて愛唱していたのですが、そんなある時、職員室で教師たちが使っているのを発見したのです。
教師たちにとってはテストの平均得点や学級費の総額などを計算するのに算盤よりも便利なのは間違いなく、1人が購入すれば普及するのに時間を要しなかったようです。
カシオ・ミニは1970年代初頭に企業に代わる市場の開拓を模索していたカシオ計算機が個人向けの電子式卓上計算機(=電卓)の開発を決めたのです。そこでは「価格1万円以下」と言う前提で、この値段で利益が上がる程度の性能(高性能にすれば価格は上昇する)と購入者が求める機能の整合により構想がまとまられました。
市民の使用目的はお金の計算と言うことで桁数は100万円の6桁と言うことになり、小数点の計算は必要ないので割り算の答えのみとする。また携帯性を高めるため乾電池式する。さらに加工が容易で材料費も安価なプラスチック製のタッチ式キーを採用するなど盛り沢山の新発想で製造原価は4500円程度になり、それを定価12800円で売り出したのです。当然、爆発的な大ヒット商品になり、後続各社の商品との低価格競争に巻き込まれますが(カシオ・ミニも3900円にまで下落した)、最終的なシリーズの累計販売台数は1000万台を超えました。
今では電卓は1家や職場に必ず1台はある生活必需品ですが(小庵にはない)、野僧が現役時代は算盤を愛用していてそのパチパチパチと言う音色がベテランたちの郷愁を買っていました。ところが「算盤での計算は信頼できない」と電卓で再計算させられるようになり、結局、野僧も文明人に仲間入りさせられてしまいました。
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  1. 2019/08/03(土) 12:21:47|
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