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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1632

「小椋さん、これが講話内容についての生徒からの質問をリストにしたものです」数日後、登校のバスを校舎に横付けすると生徒たちと入れ替わりに待っていた若い教師が乗り込んできてA4版サイズの茶封筒を差し出した。
「ここまであらたまらなくても、メモで良かったんですか」小椋元3佐が茶封筒から数枚のリストを出して目を通しながら恐縮するとその教師は微笑みながら首を振った。
「それだけ生徒の関心が高いと言うことですよ。我々もほとんどが期待しています」この言い方は1名だけ反対派がいることを示唆しているが、小椋元3佐はそこまで敏感ではない。実は唯一の反対派である本宮は担当の三浦が集めた質問リストを「誤字がないか点検する」と言って奪い取ろうとした。勿論、それは拒否したが校長にも同じことを申し入れたらしい。
「意外にトモダチ作戦に興味を持っている生徒が多いようです。小椋さんは詳しいですか」「マスコミの報道よりは知識を持っている程度です」「それは楽しみだ。よろしくお願いします」小椋元3佐の答えを聞いて三浦は本当に期待したような顔をして下車していった。
講話の当日、中学校の体育館には生徒とPTA以外にも多くの聴衆が紛れ込んでいた。小椋元3佐としても総合支所で毎日、昼休みを潰されるよりはここで一括して聞いてもらった方が助かる。学校の行事は校長の挨拶からなのは昔と変わらない。着なれない背広姿の小椋元3佐を登壇させると校長は講師に合わせて高めにセットしてあるマイクを下げて話を始めた。
「本日は6月から通学バスの運転手としてお世話になっている小椋さんにお話をお願いしました。小椋さんは今の仕事を始める前に約1ヶ月間も宮城県と岩手県の被災地で復興ボランテイアとして働いてこられました。小椋さんが東北地方で見てこられた大震災の実際の被害と復興に対する取り組み、そして人々の生活について聞かせていただきます。なお、この講話は生徒からの質問に答える形で進めます」ここで三浦が壇上のスクリーンに総合支所の総務担当者が作成した石巻市の航空写真を映した。隣りのOHPのスクリーンには質問が映してある。
「最初に石巻市の被害について説明します」小椋元3佐はマイクを外して左手に持つと私物のレーザー・ポインターで画面を指した。
「質問にありました石巻市の被災地域ですが、イメージ的には豊橋市のような低地が広がっているためこの海岸から押し寄せた津波がこの平野の部分を破壊して鉄筋コンクリート製を除く建物は大半が倒壊していました」説明しながらレーザー・ポインターで範囲を示した。生徒たちは航空写真に写っている多くの建物の大半が喪失したと聞いて息を呑んだ。
「次に津波を予想して避難しようとした子供たちと先生が犠牲になった場所についてです」やはり石巻市ではこの被害の衝撃が大きかったようで、生徒だけでなくPTAや教師たちも航空写真の上を動くレーザー・ポインターの赤い光の点を追った。すると航空写真では上端の山間部を指して河口から川の線をなぞった。
「この川は北上川の水量調節のために山を掘削して通した新川です。この河口から巨大な津波が50キロも逆流しました」レーザー・ポインターは両側に山が迫る北上川のかなり深い地点を指した。それが津波の逆流した場所を意味していることに気づいた生徒たちは強張らせた顔を見合わせた。やはり1つ1つの事実だけでは災害の全体像は理解できないのだ。
「私は河口で上流から押し流されてきた家屋の撤去しましたが、逆流と引き戻しで徹底的に破壊されていて、まだ原形を留めている家屋もあった市内とは被害に大きさな違いがありました」小椋元3佐は言葉を失っている生徒たちの顔を見て話題を変えた。
「質問にある新川小学校は河口に近い集落にありましたが、川が曲がっているため学校側の堤防を越えて津波が襲ったのです。学校としてはこの堤防の中でも特に高くなっている橋の接合部分に避難しようとしたのですが間に合いませんでした」ここでPTA席の女性が手を上げたので、校長が小椋元3佐に目で確認してから指名した。
「テレビなどでは学校の判断ミスだって批判していますけど、先生も全員が犠牲になられたんでしょう」「現地ではそのように聞いています。復興作業に当たっている自衛隊も公務に殉じた教員たちには心からの敬意を表していました」小椋元3佐の言葉に若い教師たちは真顔でうつむいたがそんな厳粛な空気を破壊するような声が響いた。
「殉職を強要されてたまるかァ」これは言うまでもなく本宮だ。教師と言う仕事を聖職と呼ばれることも忌み嫌い、教室から教壇を廃止し、卒業式で「仰げば尊し」を斉唱することにも反対した組織の一員としては使命に殉じた同僚たちも犠牲者になるようだ。
「先生と言うお立場から考えればそう思われるのも当然かも知れません」本宮は小椋元3佐の評価に救われたのだが、それがプライドを傷つけたようで憮然とした顔に拍車をかけた。
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  1. 2019/08/04(日) 11:47:36|
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