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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1639

「はじめまして。タマシロミエコさん。オウシゲオ中校です」王中校の名前を日本語読みにした自己紹介に美恵子は軍服への拒絶反応を忘れてしまった。
「はじめまして。オウシゲオさん。タマキ美恵子です」「これは失礼しました。タマキ美恵子さん」美恵子のある意味無礼な返事を聞いても王中校は柔和な表情を変えずに訂正した。
「私は貴女の元夫であるモリヤ2佐と同じく民国陸軍で法務官をやっています。検察尋問で貴女からモリヤ2佐の名前が出たと聞いて興味を持って以来、公判記録を読んできました」「モリヤはホーム官じゃあないさァ。学校みたいな仕事だったよ」美恵子は普通科のことを言っているのだが、それを察した王中校は美恵子は結婚していた間もモリヤ2佐の仕事に関心を持たず、現在は全く接触がないことを再認識した。
「私は貴女の台北拘置所での活躍を聞いて大変に感激しました。できれば日本に同行して貴女が仕事を再開できるように協力したいと考えています」思いがけず堪能な王中校の日本語を聞いて宮弁護士と通訳は顔を見合わせた。これなら残業させる必要はない。どちらにしろ公判が終わった法廷に長時間留まることはできない。警備官たちも軍服姿の王中校に遠慮して声をかけてこないが苛立っているのは確かだ。
「それでは続きは外で。どうも有り難う」宮弁護士は通訳に礼を言うと王中校と美恵子を伴って法廷を出た。宮弁護士がドアを閉める前、美恵子は手で制してもう一度中を見回した。
この法廷が与えた3年の歳月は美恵子に初めて真剣に人生を考えさせた。特に死刑囚たちと直接接した経験は「罪を犯せば罰せられる」と言う人間社会の法則を身震いするような思いで噛み締めることになった。死刑囚たちは刑の執行直前に美恵子が髪を整えている間も言葉を話し、我が身を愛(いとお)しんでいた。
「出発前に寄っておきたいところはないかね」法廷からは王中校の専用公用車で空港に向かうことになった。運転手の上士は王中校の日本語での質問にルーム・ミラーで美恵子の顔を見た。上士は日本語では判らないが地名なら理解できると考えたようだ。
「1つだけお願いします。周志竜(チャン・ヂ―ロン)の墓参りに行きたいんですが」「うん、判った。向金華山墓園(シィァン金華山墓園=金華山墓園に行ってくれ)」王中校は美恵子の希望を想定していたようで周志竜の墓所を調べていた。周の家族は裁判が始まった頃には怒りを燃え立たせ、多額の資金を注ぎ込んで苛烈な法廷闘争を展開したが、美恵子に賠償金や慰謝料を支払う経済力がないことが判明すると急速に興味を失い、判決が出た法廷では傍聴にも来ていなかった。今日も関係者は顔を出していない。
「そう言えば劉って名乗ってたんだよね。下の名前は何だっけ」車は台北市郊外の丘陵地帯に向かっている。美恵子は桃園空港で逮捕され、警察車両の後席で両側を女性警察官に挟まれて連行されたため台北市の風景を見ることはなかった。執行猶予中も金銭的余裕がなかったので観光には出かけていない。今、こうして車窓から眺める台北市は台湾の首都であり、人口は10倍に近いだけに那覇市よりもはるかに大きく、美恵子が憧れている大都会そのものだ。あのような形で入国しなければ別の発見があった可能性は高い。美恵子は顔を外に向けたまま唇を噛み締めていた。
「この辺りが周氏の墓所のようだ」広い金華山墓園でも台北市街が一望の下に収めることができる一等地に周氏の墓所はあった。金華山墓園は公園墓地になっていて各家の墓所には花が咲く樹木が植えられ、花畑になっている。台湾では大陸から逃れてきた外省人たちが儒教の慣習を持ち込んだため土葬が中心だったが、狭い国土ではたちまち埋葬用地が不足し、無届の墓地販売や他人の墓地を掘り起こして遺骨を破棄するなどの問題が続発した。このため行政院内政部が火葬の普及に努力し、その成果で現在は90パーセントを超えるまでになった。その一方で「自然に帰る」と言う意識が流行したため墓石を建てることなく遺骨を埋めた土地に樹木や草花に植えるのが一般的なのだ。
「これなら花を買ってこないで良いから助かるさァ」美恵子は一緒に立っている王中校に馬鹿な感想を述べた。確かに墓所が花畑であれば切った花を買ってくる必要はないが、それが目的ではない。美恵子は駐車場の売店で買ってきた沖縄と同じ平型の線香に火を点け、膝を折って墓所中央の通路脇に置いてある石の台に寝かせると手を合わせた。
「劉さん、貴方が私に台湾で理容師をやれって勧めたのは本気だったのが判ったさァ。それも夢の1つにして今回は帰るね。ありがとう。またね」美恵子の後ろで王中校も軍帽を取り、姿勢を正したまま頭(こうべ)を垂れた。周志竜の墓参も台湾に来た目的だったが、果たすまでに4年の歳月を要してしまった。
ん6・岡田奈々イメージ画像
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  1. 2019/08/11(日) 08:54:28|
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