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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1640

「玉城さん、本当にモリヤ中校(2佐)を憎んでいるのですか」墓参を終えて桃園国際空港に向かう車内で王茂雄中校は率直に訊いてきた。運転している上士は日本語が理解できないので秘匿の問題はないようだ。王中校としては玉城美恵子の理容師としての卓越した技量については裁判で弁護側の証言が採用されたことでも認めているものの人間性については疑問を感じていた。
「王中校さんはどうして日本語が上手なんですか」すると美恵子は回答ではなく質問を返してきた。拘置者の中にも日本語を話す者がいて美恵子に親しげに声を掛け、時には口説いてくることもあった。王中校の日本語は彼らのような聞き覚えではなく、下手すれば日本人の美恵子よりも正式な語法のように感じていたのだ。
「私の日本語はモリヤ中校の中国語と同じように軍の将校としての常識の範囲だよ。軍の将校は外国軍と接する機会が多いから言語を習得しておけば情報収集に役立つこともある。モリヤ中校もカンボジアでは中共軍の中国語での密談を聴き取って交渉を有利に進めたと言うじゃないか」それはカンボジアPKOで川の両側から橋を架けた時、日中では規格が違うためどのように整合するかを巡る交渉で、中国人民解放軍側は交渉の前に高度な英語と日本語は理解できないと言って自衛隊側に全面的な妥協を強いようとした。しかし、私が人民解放軍には日本語に堪能な者が加わっており、自衛隊側の相談を聴き取っていることを中国語の会話から察知したのだ。それにしても自衛隊と人民解放軍の交渉内容の詳細をどうして台湾軍の王中校が知っているのか。情報戦の恐ろしさに戦慄するような話だが残念ながら私は聞いていない。ところが美恵子の反応は完全に的を外していた。
「モリヤは中国語なんか話せないよ。英語が得意なのは知ってるけど、それは航空自衛隊だからで中国語までは話せるはずないさァ」確かに梢とは「旅行社の仕事に必要だから」と英語や広東語の実習につき合っていた。とは言ってもデートの時、アメリカ軍の兵員クラブや台湾人が経営する中華料理店で食事を取り、店員や他の客と会話していただけのことだ。ところが梢と引き裂かれ、美恵子とつき合い始める前には台湾人の出稼ぎ店員を抱き、交際中もアメリカ海兵隊の女性隊員と交わったことがあった。つまり語学力を秘匿するのは保身のためだった。
「モリヤ中校は貴女も知っている今田菊子の大学の先輩なんだ。あの大学の中国研究は日本の私立大学のトップ・クラスで、学生の外国語では英語と中国語を同格に扱っているらしい。モリヤ中校は法学科だから語学は専門じゃあなくても基礎的なことは習得しているはずだ。実際、文章は中々のものだよ」王中校から話を聞いて美恵子は、あれほど嫌悪し、馬鹿にしていた「小難しい勉強」が幹部自衛官としての職務に必要な努力であることをあらためて噛み締めた。それにしても王中校の「文章は中々」と言うのは間違いなく皮肉だろう。経典で憶えた私の書簡は「広東語と言うよりも昔の漢文に近い」と指摘されているのだ。
「貴女は夫であったモリヤ中校のことを何も知らなかったようですね」「・・・はい」美恵子の自衛隊に対する認識は学校の平和授業で習った好戦的な人殺しの集団だったのだが、モリヤとつき合ううちに「戦争を防ぐために努力している国家公務員」と言うところまで改善した。しかし、航空教育に転属したことで「何もしていない税金泥棒」から脱することはなく、夫婦共働きをすれば自分の仕事の方を優先してくれると期待していた。こうして王中校に接して軍の将校が担っている責任と高度な専門知識を知るにしたがって、その認識自体が間違っていたと思い知らされた。やはりモリヤは自分の相手には相応しくなかったのだ。だからモリヤとの間に生まれた淳之介にも愛情を感じることができないでためらうことなく捨ててしまった。
「どうやら貴女は完全に狂ってしまっている沖縄を離れて自分の人生を見直すために我が国に来たようですね。私の目から見ても現在の沖縄は常軌を逸している。最近の韓国も狂っているが奴らは自国の敵として日本を攻撃している。ところが沖縄は母国である日本を恨んで国際社会に日本の罪を宣伝している。我が国も民主主義の国家だが、県知事以下の地方公務員が自国への非難を海外に発信すれば国家への反逆として厳しく糾弾されるはずだ。昔の沖縄は地方公務員やマスコミが反国家教育と批判報道を繰り広げても県民は冷ややかに眺めているだけだったが、今の沖縄県民はそれを鵜呑みにして同調している。そんな沖縄では貴女はモリヤ中校が注いでくれた愛情も見えなかったはずだ。この機会に貴女は軍人の妻だった頃の生活を見直してみるべきです」「はい、先ず反省から始めます」美恵子は自然にこの言葉を口にした自分に困惑しながら窓の外を見詰めた。
「あッ、サインポール」すると通りに面した商店街に赤白青3色の円筒が回転しているのが目に入った。派手で大きな看板には「理髪」と大書してある。それはまるで美恵子の再訪を歓迎しているかのように見えた。結局、今回の反省はここまでだった。
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  1. 2019/08/12(月) 11:29:22|
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