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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1641

那覇空港国際便ターミナルで美恵子は入国手続きの列から外れ、相談カウンターに向かった。すると手配の顔写真が届いているのか担当の女性職員は少し身構えて声をかけてきた。
「玉城美恵子さんですね」この場面は4年前に台湾の桃園国際空港のロビーで警察官に逮捕された時に似ている。あの時は入国カウンターで執拗な身分確認を受けた。しかし、今回はこのまま入国管理局に連行されることは判っている。それにしても台湾では「ユーチョン・メイファイスー」と中国語読みで呼ばれていて「タマキミエコ」と日本名だったのは通訳の今田菊子と王中校だけだった。だから懐かしさと共に多少の違和感を覚えた。
「これを出すように言われています」美恵子は女性職員がカウンター内の後方に立っている現場責任者らしい男性職員に振り返って声をかけるのを見て台北地方裁判所で行政院外交部法規委員会の長貞治審査官から受け取った書類を差し出した。責任者もカウンターに来ると2人で確認し始めた。この書類は英語で記されているため流石に通読はできないらしい。
「玉城さん、遅くなりました」気がつくと隣りに王茂雄中校が立っていた。王中校はビジネス・クラス(上校=1佐以上であればファースト・クラス)、美恵子はエコノミー・クラスだったのでここまで同行できなかったのだ。すると女性職員が広東語で声をかけた。
「中華民国軍の将校の方ですよね。通常の入国手続きはあちらでどうぞ」女性職員は王中校の軍服を見て「台湾軍の中校」と言う身分を察知したのだ。公務員労組が過激な反自衛隊反米軍活動を繰り返している国土交通省とは違い入国管理局(2019年度から出入国在留管理庁)は法務省の内部部局のため国際常識が通じるようだ。
「私は民国陸軍法務官の王茂雄中校ですが、玉城美恵子さんの私的随行者です。玉城さんの入国と社会復帰を見届けるために来日しました」王中校の日本語での説明を受けて女性職員と責任者は顔を見合わせて小声で何かを相談すると責任者が早足で奥に向かった。
それから簡単な確認を繰り返した後、美恵子と王中校はカウンターの奥にある面接室に案内された。この部屋は不法入国の疑いがある者の取り調べにも使用されるため窓はなく、狭くはないが壁には妙な圧迫感がある。おそらく壁の一部が通し窓になっていて関係者が監視しているのだろう。見回すと壁や天井に何カ所も監視カメラやマイクが設置されているのが判った。美恵子は事務机を挟んで向かい合いに置かれた椅子に座らされ、王中校は部屋の隅に運び込まれた3脚の折り畳み椅子の1つに座ることになった。
「それでは玉城美恵子さんの台湾への渡航のために取得した査証(ビザ)の期限切れと特別査証による入国に関する確認を行います」廊下で現場責任者から説明を受けていた男性職員が入室すると美恵子の前の席に座って声をかけた。この時も王中校に目礼したので国際常識は徹底している。つまり国家公務員としては中校=2佐=警視=2等海上保安正よりも下位と言うことだ。
「先ず氏名と生年月日、本籍地、住民票の所在地、職業と仕事先の住所を申告して下さい」役所の確認手順は裁判の人定尋問と変わらない。
「玉城美恵子、昭和40年・・・」美恵子は1つずつ回答しながら氏名は「モリヤ美恵子」「矢田美恵子」を経て「玉城美恵子」に戻り、本籍地もモリヤと糸満市で入籍して離別、即座に矢田と善通寺市で入籍しながらそれも破局を迎えて南城市の実家に戻したことを思い出した。
「職業は理容師ですが失業中です」「はい、結構です」美恵子の申告が書類の内容と齟齬がないことを確認して男性職員は無表情にうなずいた。
「こちらの中華民国行政院外交部法規委員会からの書類によると貴女は刑事事案で訴追を受けて逮捕拘束され、裁判で執行猶予3年の判決を受けたため観光査証の期限が切れても出国できなかったとありますが間違いありませんか」「はい、そうです」「何故、台北の日台交流協会に相談しなかったのですか」これは当然の質問だが美恵子には想定外だった。亡くなった周志竜の家族の招待を受けて予備知識もないまま台湾へ行って空港で逮捕された。専属の通訳もなしで尋問を受け、相談する相手もいなかった。宮弁護士が誠実に対応してくれるようになったのは裁判も後半に入り、今田菊子と言う通訳を介して美恵子の経歴と真情を伝えてからだ。だから信じ難いことに在台湾日本大使館に相当する公益法人・日本台湾交流協会に相談する以前に存在さえも知らなかったのだ。
「だって・・・どうしようもなかったのさァ」美恵子は説明できないままうつむき、背中を震わせて涙をこぼし始めた。王中校は裁判官や検察官、弁護士から取材記者までが呆れるほどフテブテシイと言われていた玉城美恵子と言う女性の変貌した姿に唖然としていた。しかし、不法入国する外国人が常用する泣き落としを見慣れている男性職員は表情を変えなかった。
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  1. 2019/08/13(火) 11:16:15|
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