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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1643

美恵子が帰国、王中校が来日した日、私は海上自衛隊の輸送機Cー130で沖縄航空基地に来ていた。それは単に入間基地よりも厚木基地の方が近いからで航空自衛隊に文句がある訳ではない。来年3月に航空総隊が府中基地から横田基地に移転して航空自衛隊の定期便が発着するようになれば再び航空自衛隊のお世話になるかも知れない。実際、真っ白な制服の海上自衛官の中に黄ばんだワイシャツのような制服を着た陸上自衛官が紛れ込むと水色と紺のツートン・カラーの航空自衛隊よりも場違いなのは確かだ。
「貴方、おかえりなさい」制服のまま那覇空港に向かい梢のカウンターに行くといつもの笑顔で出迎えてくれた。私はその顔に祖母の気配を探したが見つけられなかった。むしろ幸せを味わっているのか昔に返ったように感じる。
「今回は海上の輸送機だったんでしょう。乗り心地はどうだった」梢には「厚木から乗る」としか言ってなかったが、それだけで海上自衛隊の輸送機であることを推察している。これは交際中の私の教育の名残なのか自己学習の成果なのかは判らない。
「海上もCー130Hだから変わらないよ。航空のCー1よりは落ちるけどな」アメリカのロッキード社製のCー130輸送機は私や梢が生まれる7年も前の1954年に初飛行して現在も製造され続けている傑作機だが、貨物の搭載を優先した設計のため温度や気圧などを調整するエアコンや防音の機能が適当な上、プロペラ機特有の振動があり、ハンモック式の座席の座り心地も悪く人員輸送も考えていた川崎重工のCー1に比べるとかなり劣る。
「ふーん、お客さんに勧めることがないから良いけど利用者としては大変だね」「陸上自衛隊は車両や列車での移動が原則で離島は船なんだが、今回は出張扱いでも予算を請求できないから輸送機になったんだ。沖縄までフェリーと言うのも好いけどな」沖縄までフェリーでは福岡まで新幹線で移動しての乗り継ぎになり、往復1週間の長期出張になってしまう。
「フェリーの旅かァ。久米島に行ったわね」「うん、海が荒れたから梢が酔ってしまって困ったけどな」梢とつき合い始めて沖縄本島の観光地を回り終った頃、1泊2日で久米島に行ったことがある。行きは海が荒れて梢は船酔いで寝込んでいた。
「私が吐いた洗面器を何も言わずに片づけてくれたのに感激したのよ。だから・・・」「あの時、背中をさすったのが前戯だったのかァ」その夜、久米島のイーフ・ビーチのホテルで初めて梢を抱いた。梢は何度も嘔吐した汚物を片づけ、背中をさすり続けた私の優しさに感激して抱かれる覚悟を決めたと言いたかったようだ。しかし、私にとっては梢の純潔を奪ったあの夜の出来事は苦い思い出でもある。だから茶化さずにはいられなかった。
「今から恵祥に会いに行くよ」「うん、今日は残業なしで家に直行するわ。夕食は私の手料理よ」そこに数名の観光客が歩いてくるのに気がついて私たちは私的会話を切り上げた。
「それではよろしくお願いします」「はい、受け給わりました」業務上の会話であったかのように偽装して敬礼をすると中年の観光客たちは私を取り囲んだ。沖縄でこの状況は極めて危険だ。梢はもう1人の若い男性社員を手招きして警備員を呼びに行かせようとしている。
「陸上自衛隊の方ですか」「はい、そうですが」先ず「方」と呼ばれれば危険度は急速に低下する。私は振り返ると梢に目で「安心しろ」と伝えた。
「今回の東北の大震災では本当にご苦労さまです」「テレビで連日の活躍を見て心から感謝しています」想定外の展開に私としては返事ができなくなった。沖縄本島への観光客はツアーで姫ゆりの塔などの南部戦跡を案内されると反戦平和思想を吹き込まれるため帰る頃には反軍・反自衛隊運動の同調者になっていることが多い。したがって私も秘かに身構えていたのだ。
「貴方も東北へ行かれたのですか」「やはり沖縄からでは遠過ぎますよね」私が返事をしないと観光客たちは勝手に結論を出そうとした。私は広報活動に意識を切り替えた。
「私も宮城県と岩手県の被災地を巡回相談してきました。テレビや新聞では視聴者を刺激しないように悲惨な光景は報道していませんが、実際ははるかに過酷な状況です」「ほーッ、やっぱり」これで期待に応えたらしく観光客たちは歓声に近い相槌を打った。
「巡回診療ってお医者さんなんですか」「このバッチを見たことがあるわ」期待に応えれば遠慮もなくなるようで、観光客たちは私の制服を指で差して確認し始めた。私としては格闘徽章に興味を持ってもらいたかったが、その上に着けている小さめの弁護士徽章を注視した。
「それは弁護士徽章です」「弁護士先生なんですか」「先生ではありませんが、陸上自衛隊の法務幹部です」妙なところで広報活動を始めてしまったが、これでは梢の営業妨害になりそうだ。
「ところでツーリストの用件だったのではないですか」「あッ、そうだった」「いらっしゃいませ」この回避行動で脱出に成功した。梢の反応は流石だった。
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  1. 2019/08/15(木) 12:25:21|
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