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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1644

空港から安里家のマンションまでは都市モノレールのゆいレールで終点の首里まで行き、そこでタクシーを拾うのに限る。私にとって首里は梢とのデート・コースの定番で、バスの狭い座席に並んで座り、揺られながらのスキンシップに胸を時めかせた長い坂道も、モノレースなら静かで快適にスイスイと登ってしまう。高いだけに眺めも満喫できる。
「こんにちは」安里家のマンションに到着して梢の母に玄関を開けてもらうと私は初孫との対面で高なる気分そのままに大声を出してしまった。
「しッ、恵祥はおっぱいをもらって寝てるの。あかりも一緒にね」廊下を歩きながらの母の説明に私は小声で「すみません」と謝った。リビングでは梢の父が立ち上がって待っていた。相変わらず背筋を真っ直ぐに伸ばし、学校長としての威厳を保っている。
「お久しぶりです」私はスリッパの踵を鳴らして姿勢を正すと10度の敬礼をした。前回、来たのは昨年9月に発生した尖閣諸島の周辺海域で海上保安庁の巡視船が中国行線に衝突された事件の実態調査だったから、今は親戚であること考えると久しぶりだ。本当は祖父さん面をして「あかりと恵祥がお世話になっています」と挨拶したところだが、淳之介は安里家の婿養子であり、「所有権」はこちらに有るので控えなければならない。
「ご無沙汰しています。モリヤさんが海上自衛隊の裁判で活躍しておられることはテレビで見て承知していますが、今回は東北にも出動されたようで本当にご苦労さまです」父の挨拶の方が数段上なようだ。とは言っても自宅で過ごしている両親を賞賛する台詞は恵祥が世話になっていることへの謝辞以外に思い浮かばない。
「あかりと恵祥にご両親がついていて下さるから淳之介も安心して八重山での仕事を続けられるのです。本当に感謝しています」何とか無難にまとめることができた。
「始めは視覚障害者のあかりに子育てなんかできるのかって思っていたんですが、あの子は恵祥の気持ちを理解した上で1つ1つ着実に対応しているんですよ」先ず制服を甚平に着替えさせてもらいリビングのソファーに腰を下ろすと、麦茶を運んできた母があかりの様子を説明した。この説明は梢からも聞いているが以前から感心していたあかりの常人を超えた能力が、傷害のハンディーを埋め合わせて余りある母性愛として発揮されているようだ。
「お乳は十分出ていますか」「若い分、栄養の吸収が活発なのか食べた物がそのままお乳になるみたいに良く食べて沢山飲ませています」高校までバスケットをやっていた淳之介は身長180センチ超で筋骨も逞しい。乳児期の栄養が十分であれば恵祥も大きくなりそうだ。
「ところで恵昇さんは背が高かったんですか」ここで妙な質問をしてしまった。これは単に栄養価から成長に思考が飛躍してしまっただけだが、両親は「生まれ代わりを示唆した」と受け取ったらしい。2人で顔を見合わせて目で何かを確認した後、先ず母が口を開いた。
「恵昇は主人と私がシマンチュウにしては背が高いのでやはりモリヤさんくらいの長身でした」「ただし、勉強ばかりで運動は苦手だったな」父の補足説明で佛間に掛けられている遺影の顔が浮かんだ。一見して優等生らしい恵昇さんは小学校時代から科学部一筋だったと聞いている。普通、小学校の科学部は昆虫や岩石の採取と標本作製が定番だが、恵昇少年は山野を歩き回ることもなく理科室にこもって試験管とビーカー、フラスコ、アルコホール・ランプで化学の実験に明け暮れていたそうだ。
「起きたわね」リビングで担当している裁判の解説や東北の震災の説明して過ごしていると佛間から赤ん坊の泣き声とあかりの「ちょっと待っててね」とあやす声が聞こえてきた。ようやく恵祥が目覚めたようだ。私はグラスの麦茶を飲み干した。
「お祖父ちゃんがお待ちかねですよ」先にソファーを立った母が襖を開けて声をかけた。その後ろで私は本当に待ちかねている。下手すれば母を突き飛ばしそうだ。
「恵祥、お祖父ちゃんだよ」普段なら佛間に入ればその家のお内佛さまに合掌・礼拜して少なくとも念佛、余裕があれば短い経文を勤めるのだが、今日の本尊さまは初孫・恵祥だ。
私は母の脇をすり抜けるとあかりに抱かれている恵祥の顔を見ようとした。ところがその口元にはあかりの乳房と乳頭がある。私は禁断の秘佛を見たような衝撃を感じて絶句してしまった。あかりの乳房には青い血管が浮き上がり、初めて見る小粒で可愛らしい乳頭は濃い茶色に変色している。その乳頭を口に含んで恵祥は懸命に吸いついている。そこには新たな生命の萌芽があった。私は守山の官舎で佳織が志織に授乳している姿を思い出した。
「お父さん、恵祥です」覗き込んだまま絶句している私にあかりが心配そうに声をかけてきた。それで我に返った私はあらためて恵祥の顔を見詰めた。やはりあかりを経由して梢に似ている。すると佛間の遺影の恵昇さんが「それは俺の顔だ」と呟いた。確かに否定はしないが半分は文科系とやや体育会系の血筋も入っています。
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  1. 2019/08/16(金) 13:18:32|
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