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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月20日・チャイコフスキーの「序曲1812年」が初演された。

題名から80年が経過した1882年の明日8月20日にモスクワでチャイコフスキーさんの「序曲1812年」が初演されました。
「序曲1812年」はフランス皇帝・ナポレオン・ボナパルトのロシア侵攻と敗退を描いた時代絵巻的な作品ですがチャイコフスキーさんは始めからこの主題で作曲するつもりではなく、嫌々引き受けた仕事を片づける中で完成した偶然の産物でした。
チャイコフスキーさんは1880年に楽譜出版社社長から「(チャイコフスキーさんの)友人が遠からず開催される予定の産業博覧会の音楽部長に就任するのでお前を皇室に売り込もうとしている。そのため博覧会で演奏する楽曲を作曲しなさい」と言う書簡を受け取りましたが、この頃はバレー曲「白鳥の湖」やオペラ曲「エフゲニー・オネーギン」を仕上げて好評を得た達成感と脱力感に陥っていてやる気は全く起こらなかったようです。こうして一度は断ったのですが、数カ月後に音楽部長本人から「15分から25分の小品」と言う具体的な要望が届いたため請け負わざるを得なくなり、嫌々ながら作曲したのが「序曲1812年」でした。ところが1881年に予定されていた博覧会は中止になり、音楽部長も急逝してしたため作品は宙に浮くことになりましたが、この間にチャイコフスキーさんは数々の手直しを加え、完成度を高めていったのです。
そうしてこの日、モスクワ(冬季の首都)に建設中だったハリストス大聖堂で開かれたモスクワ芸術産業博覧会主催の音楽界で初演することになりました。しかし、評価は「凡作」と芳しいものではなく、続くサンクトペテルブルグ(夏季の首都)での再演なども同様でしたが、1887年にサンクトペテルブルグでチャイコフスキーさん自身の指揮による演奏会が開かれると一転して絶賛を浴び、代表作の1つに加えられることになりました。この作品ではナポレオンの進撃と敗退をフランス国歌・ラ・マルセーユズ(元来が革命軍の軍歌)で描いており、前半の勇壮な行進曲風と後半の力なく消え入る葬送曲のような演奏では同じ楽譜でも真逆の表現になりますから作曲者本人の指揮でなければ真意が伝わらなかったのかも知れません。
この曲の譜面の楽器には「キャノン(大砲)」があります。これは砲撃戦を描いているのですが、オーケストラの楽器としては太鼓のティンパニを強打します。ところが「初演では本物の大砲を発射した」と言う伝説が語られ(真偽には諸説がある)、その後は軍の音楽隊の演奏に合わせて砲兵が空砲を発射する実演が行われてきました。陸上自衛隊でも何度も実施していますが、砲手は耳栓をしているため指揮官が演奏と楽団の指揮者の動きに合わせるだけでなく、発射までの所要時間を計算して指示を与えなければならないので中々上手くいかず、特に最後の一斉射撃が1つの音に聞こえるようにするにはかなりの練度を必要とするようです。
ちなみに日本にも第1次世界大戦の青島攻撃を描いた「攻撃(陸軍音楽隊長・山本鉄太郎作曲)」があり、砲声だけでなく機関銃や小銃の銃声をドラムで描いています。普通科連隊の駐屯地行事などではこちらの実演も試してみては如何でしょうか。
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  1. 2019/08/19(月) 12:25:38|
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