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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1648

「ウォー・スィー・アンリー・シャオ(私は安里梢です)。モリヤ・ベイ・チャオグー(モリヤがお世話になっています)」ここで梢が中国語で挨拶をした。
「これは参ったなァ。うっかり国語(台湾語)で独り言を呟くとカンボジアの中共軍ように筒抜けになってしまうんですね」王中校は梢の中国語を聞くと感心しながらぼやいた。それにしても日台法務将校の友好的対面のはずが、どう言う訳か互いに諜報活動を行っているかのような腹の探り合いになっている。おそらく王中校は美恵子の裁判で名前が出たことで私に興味を持って経歴を調べるとPKOに2度参加していることが判明し、カンボジアでの活動も何らかの人脈で知ったのだろう。さらに北キボールPKOでは日本人の男女を殺害した地元の不良青年たちと自衛隊で唯一の戦闘を実施し、殺人罪で告発されている。一般の自衛官が平穏無事に勤め上げることを願っている中でこれだけヤヤコシイことに首を突っ込んでいれば何か特殊な任務についていると思われても不思議はない。考えて見ればチベット弾圧の年に開催された北京オリンピックの聖火リレーの長野・善光寺からのスタート阻止に動いたこともあった。それでも早めに誤解を解いておかなければ身に危険が及ぶ可能性もある(スパイ映画では)。
「念のため言っておけば私は東京弁護士会に登録している陸上自衛隊の法務幹部であってそれ以外の何者でもありません。PKOでのことは偶然の産物に過ぎず特別な任務についていた訳ではありません」これを英語で説明するべきか日本語を梢に通訳させるべきかに悩んだが、正確を期するため相互の母国語になる後者を選んだ。
「大概の軍人はそのように説明されますが、今後の会話を円滑にするために信じることにしましょう」王中校の説明も梢が通訳した。早い話が半信半疑にもならない社交辞令と言うことだ。こうなると尖閣諸島漁船衝突事件で一緒に仕事をした那覇地方自衛隊情報保全隊の証(あかし)3佐も同席させるべきだったかも知れない。
初対面の挨拶が終わったところで私たちはホテルのロビーの隅で営業している喫茶店にコーヒーをソファーまで持ってこさせて談笑を続けた。
「安里さんはお孫さんの祖母とのことですが、モリヤ中校のお孫さんとの関係はどうなるんですか」ここで王中校は日本語で質問してきた。私が聴くところ梢の中国語と遜色がない流暢さだ。
「孫の父親が私の息子、母親が梢の娘なんです」私が「日本語ですむのなら」と気軽に答えると王中校は再び独特の笑いを口元に浮かべて小さくうなずいた。
「それは書類上の話で実際は夫婦なのでしょう。私は安里さんと姓で質問したのに貴方は名前で答えた。これは2人の関係が極めて親密であることを示していると理解しました」私も相手の言葉を瞬時に分析して背景を推断する能力には自信を持っているが、王中校のそれははるかに凌駕している。しかも母国語ではない言語でそれを発揮されてしまっては屈服するしかない。佳織の英語ならこのくらいの芸当はお手の物だろうが凡人の私には無理だ。
「結婚はしていませんが、若い頃に交際していたことがあります。息子たちはそれを知らずに交際を始め、結婚したので祖父母としての関係を結ぶことができました」中華民国刑法239条には不倫を犯罪とする通姦罪があるため夫婦間の貞操観念が戦後の日本よりも強固で、美恵子もそれで有罪判決を受けたはずだ。したがって個人情報の保全よりも事情説明を優先しなければ日本国陸上自衛隊の法務幹部としての人格を疑われかねない。
「それをモリヤ佳織上校(1佐)は許しているんですか」「はい、モリヤニンジンを真剣に愛した者同士で義姉妹の契りを交わして共有することにしています」「ただし、日本の民法770条の不貞行為は犯していません」梢の事情説明にも補足しなければならない。ここまで専門的な知識を披露すれば弁護士の法務幹部と言う現在の職務は信じてもらえるはずだ。
「玉城美恵子はモリヤ中校(2佐)の前妻だったと証言していましたが、どう見ても安里さんよりも劣ります。彼女は理髪師としては一種の天才ですが、家族や親として必要な素養が欠落しているようです。モリヤ2佐ほどの方がどうして結婚してしまったんですか」2人の説明を聞いて王中校は単刀直入な質問を重ねてきた。この質問の弁護士的な分析では若い日の私と梢の誠実で真摯な交際と軽薄な美恵子を見比べて結婚に至った経緯が理解できなくなったのか、それとも理容師としての仕事を再開させる支援をする前に人間性を詳細に確認しようとしているかだ。
「私の親族に梢と引き裂かれて傷ついているところに強引に迫ってきたのがあの女だったんです」「これほど素晴らしい女性なら結婚に反対する理由はないでしょう」「ウチの親族にも家族として必要な素養が欠けていたんです」私の説明は口調こそ冷静だが激しい怒気を帯びている。当事者・被害者である梢も沈痛な顔になり、それを察した王中校は話を途切れさした。
「これなら私は必要ないですね」梢は王中校の日本語力を理由にして仕事に向かった。
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  1. 2019/08/20(火) 12:09:48|
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