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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月20日・日本のアウトロウ?鬼熊事件が発生した。

大正15(1926)年の8月20日に現在は成田空港の近傍に当たる千葉県多古町で極めて特異な展開を見せた鬼熊事件が発生しました。
この事件は多古町で車引きをしていた岩淵熊次郎さんが愛人関係になっていた小間物屋の住み込み店員のけいさんに別の情夫ができたことを知って激怒したことから始まります。
岩淵さんは粗暴な面はあっても男気に溢れ、酒を飲んで打ち解ければ気前よく奢り、高齢者や女性・子供が遠方を歩いていると無料で車に乗せて連れ帰り、困っている農家の田畑の仕事を気軽に手伝い、祭礼などの村の行事では中心的な役割を担っていたので村人たちの信頼が厚く、誰からも慕われていたのに対してけいさんと小間物屋の店主は色仕掛けで客を誘惑することを常套手段にしていたため女性を中心に嫌われていたのです。
実は岩淵さんには妻と5人の子供がいたのですが生来の女好きはどうしようもなく、けいさんの誘惑に乗って関係を持った時には周囲が諌めたのですが聞く耳を持たず、逆に新たに誘惑された男がいると脅して遠ざけるほど入れ込んでいたようです。
岩淵さんは直情径行なため一度火がつくと誰にも止めることができず、この時もけいさんと情夫、けいさんが同居して肉体関係を持っていた小間物屋の店主の3人を殺害し、2人の仲を取り持った知人の家に放火してしまいました。実はこの知人が評判の悪いけいさんと別れさせるため情夫への乗り換えを画策し、岩淵さんの過去の粗暴行為などを警察に告発して、拘束されている間に関係が発展したのでした。
一方、この地域の住民は他の地域から追い出されて荒れ地を開拓した移住者が多く、後の成田空港闘争でも学生運動の活動家たちと共同戦線を張って徹底抗戦したことでも判るように国家権力に対しては強い敵愾心を抱いており、その手先である警察も敵視していました。このため岩淵さんが駆けつけた警察官に重傷を負わせて山中に逃亡すると手分けして食事を運び、山から下りてくれば匿い、警察が地元の消防団や青年団を動員して5万人規模の山狩りを実施した時には虚偽の情報で大混乱を来し、単独行動になった警察官が岩淵さんに襲われて重傷を負い、さらに9月11日には殺害される妨害工作を加えています。
この頃、警察は岩淵さんの迫力ある容姿と山中を走り回る超人的な体力、そして神出鬼没な行動から「鬼熊」と言う仇名をつけ、新聞各社もこれを使用するようになりました。
そうして長期化した逃亡に嫌気がさしたのか岩淵さんは9月30日に知人を通じて新聞記者を先祖代々の墓所に集め、「怨みは全て晴らした」と宣言して毒入りの最中を頬張り、剃刀で頸動脈を切って自死しました。その後の裁判では自死を見ていて制止しなかった新聞記者や知人は自殺幇助で有罪になったものの執行猶予がつき、本来は犯人隠匿罪である村人たちは無罪になっています。
野僧は航空自衛隊で勤務中に同様の移住者の開拓部落に住んだことがありますが、集落内には東京での殺人事件の犯人が出稼ぎに行った村人になり代わって帰郷して匿われており、顔も隠さず別名で暮らしながら時効になるのを待っていました。アメリカの西部と同様に開拓民にはアウトロウ(無法者)の気風が発生するのかも知れません。
岩淵熊次郎「鬼熊」岩淵熊次郎
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  1. 2019/08/20(火) 12:11:36|
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