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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1649

「それにしても日本の社会は全く警戒心を持たずに開けっ広げで、安心するべきか心配するべきか悩みますね」梢が席を外すと王中校はソファーの椅子で片足を膝に載せ、肩の力を抜いてコーヒーを口に運びながら英語で話し始めた。私も渋い仕草を真似したいところだが普段が和風の生活なのでソファーが尻に馴染まず、何よりも足が短いので少し背中を緩めただけだった。
「イギリスのMI5まではいかなくても我が国にも一応は防諜機関が存在してはいるんですよ。勿論、そんなことは知っているんでしょうけど」「しかし、日本の防諜機関はイギリスのように一本化されていないから機能不全を生じていないか不安ではありませんか」王中校の指摘は日本の縦割り行政の弊害だが、朝鮮戦争末期の1952年に全国各地で発生した共産党の革命組織と在日朝鮮人の共同武力闘争に続く60年・70年安保闘争や非左翼組織による大規模テロのオウム事件などを通じて危機感を共有した現場レベルではかなり協力体制が整備されているらしい。当然、こんなことをアメリカ軍ではない外国軍将校の王中校に話す訳にはいかない。
「考えてみれば中華民国の防諜組織も行政院内で分散していますよね。貴国の行政組織は日本の統治下の形態を踏襲しているように承知していますが、縦割り行政まで維持しなくても好いんじゃあないですか」私の反撃に王中校は膝に載せていた足を下ろして背中を起こした。やはり自衛隊の幹部が中華民国の情報組織に関する知識を有しているとは思っていなかったようだ。ただし、私も別に必要があって調べた訳ではなく、尖閣諸島での漁船衝突事件を調査することになった時、沖縄近海に出没する漁民に中国や台湾の工作員が潜入している可能性を考えて研究し始めると持ち前の探求癖で止まらなくなっただけだ。
「貴国では。逮捕したスパイを取り調べ、裁判にかけ、処罰するのは軍の法務官ですから貴方が情報に関わる仕事を担当しているのは当然のことと考えます」私としてはこの「では」にあえて力を入れたことで「現在の自衛隊の法務官とは違う」と言う意味も添えたつもりだった。日本では日本国憲法76条で特別裁判所の設置が否定されているため武力紛争関係法では戦闘員の権利として付与されている軍事法廷での裁判も一般の司法裁判所が担当することになる。その一方で統合幕僚監部の首席法務官や海空幕僚監部の法務官が1佐職なのに対して陸上幕僚監部の法務官だけが陸将補職なのは戦時に軍事法廷を開設する際の判事を勤めさせることを想定していると言うのが私の個人的見解だ。
「貴官がそこまで我が国の内部事情を知っているのなら本音で話しましょう。幸い2人とも軍服を着ているので公安当局も監視対象にはしてないはずです」確かに「私は中華民国陸軍の中校です」「こっちは2等陸佐だよ」と看板を掲げていれば反戦平和団体の活動家は敵視しても、防諜組織の人間は国家秘密の漏洩や破壊活動の相談をするとは思わないだろう。しかし、折角の王中校の申し出だが私には軍人による諜報活動の原則である情報交換に提供するネタの持ち合わせがない。仕方ないので王中校からの質問に秘密保全上の許容範囲内で答えることにした。
「我が国は日本に比べれば国土が狭いから海岸線も短い、何よりも監視対象である国民の人口と入国者数が少ない。だから行政院(政府)の規模も小さくて距離感が近いから組織が分かれていても緊密に協力すれば問題はありません。しかし、日本は全てが圧倒的に巨大だ。それなのにこれほど小規模に分裂した組織で対処し切れているのですか」言われるまでもなく日本と台湾では面積は10倍以上、人口はマイナス1億人以上の格差があり、負けているのは最高峰の玉山=新高山の海抜が3952メートル、富士山は3776メートルであることくらいだ。このため戦前の尋常小学校では社会の授業で「日本の最高峰は新高山」と習いながら音楽の時間には唱歌「ふじの山」で「富士は日本一の山」と唄っていたそうだ。
「確かに抜け穴だらけなのは認めます。何よりも日本人には危機感が欠落しているので観光案内の感覚で外国人に包み隠さず披露してしまう軽率さには困ってしまいます。それに亡国マスコミの世論誘導に乗って実態は中国共産党の政治工作組織である民政党に政権を与えてしまった」「その点は我が国も外省人財閥が経営するマスコミが親中共に政策転換した国民党を支持する宣伝を繰り広げていますからお互いさまでしょう」台湾には日本の放送法のような報道機関の政治的中立を義務づけた法律がないだけに事態は深刻なはずだ。
「おまけにスパイを処罰する軍法がない。昭和55年に発覚した宮永スパイ事件でも秘密を漏洩した宮永幸久陸将補と自衛官だけが守秘義務違反で告発されている。私が貴官に情報を渡しても処罰されるのは私だけ・・・貴官には消えてもらうしかありませんな」私としてはスパイ映画の台詞を使ったブラック・ジョークのつもりだったが王中校は急に表情を固くした。
「やはり貴官も日本の秘密防諜組織の活動を知っているのですね。沖縄で中共が送り込んだ北朝鮮の工作員が相次いで死亡している・・・」これもブラック・ジョークであってもらいたい。
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  1. 2019/08/21(水) 11:27:05|
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