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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1651

ホテルを出て国際通りでタクシーを拾おうとしたが、軍服と制服の小父さん2人組はあからさまな乗車拒否に遭ってしまった。流しのタクシーにとっては土・日曜日に外出する自衛官が大口の客のはずなので乗車拒否される理由は全くないが、やはり制服を着た自衛官を乗車させているところを地元2大紙の購読者に見られたくないのだろう。ただし、航空自衛隊時代の私は那覇基地から国際通りまで片道6キロを徒歩で往復し、それより遠い場所には自転車だった。
「どうしますか。歩いても陸軍軍人の足なら散歩の距離ですよ」台北駐日経済文化代表処那覇分処は那覇市久茂地でも国際通りと58号線の間にあるアルテビルの6階だ。梢が仕事の関係でデート中に探したため場所は知っているが遠い距離ではない。
「フロントに呼んでもらおう。陸軍将校が市街地を2名で歩いているのはあまり名誉な姿ではないからね」やはり外国軍の将校はエライ存在であり、足で歩くことはあまり名誉なことではないらしい。そう言えば日本でもエライ武士は馬や篭に乗っており、帝国陸軍の歩兵でも上級将校は馬だった。一方、私が普通科を選んだのは「歩兵は歩く兵科=職種だ」と考えたのが主な理由だった。勿論、曽祖父が歩兵旅団長の少将だったこともある。
「ふーん、帝国陸軍は徒歩での移動が基本だったけど台湾陸軍は受け継いでいないんだな」ホテルの正面玄関の階段を登ってロビーに戻っていく王中校の背中を追いながら私は意外な発見を知識のデーターにした。考えてみれば同じ第2次世界大戦を描いた戦争映画を見ても日本では重い背嚢を背負った兵隊が長い99式歩兵銃を担って中国大陸の広野に列を作って進軍しているが、ハリウッド映画ではトラック、ヨーロッパでは列車が基本だ。その意味では前川原での私の認識も時代遅れだったようだ。それにしても梢は炎天下の徒歩デートを嫌がりもせずにつき合ってくれたものだ。自転車の2人乗りがドライブだった。
意外に狭く奥まった場所にあるアルテビルの6階の事務所に入ると前もって連絡してあったようで、台湾的美人の女性秘書が愛想よく支処長室に案内してくれた。
「ジー・シー・ワン・チョングシャオ(これは王中校)、ウォ・イージー・ザイ・デェング・二ィ(私は貴方をお待ちしていました)」分処長が柔和な笑顔を浮かべて王中校を出迎え、両手で握手を交わした。私のほぼ喪失している中国語力では2人の会話は解読不能だ。梢を連れて来るのならこちらの方だったのかも知れない。
「こちらは日本陸軍参謀本部の法務官、モリヤニンジン中佐です。こちらは中華民国那覇領事館の粘進士領事です」やや長めの時候のあいさつを終えて王中校は私を那覇支処長に引き合わせた。私の職務と階級を帝国陸軍式にしたのは意味不明だが、相手の肩書も本来の位置づけにしていることを考えると王中校としての国際常識を働かせたようだ。日本にとって台湾=中華民国は怨嗟による敵意が蔓延し続けている韓国以上に親愛な隣国なのだが、本来は共産党中国の方から持ち掛けられた国交回復を田中角栄が周恩来の術中にはまって立場が逆転したため言われるままに国交を断絶し、大使館や領事館も置くことができなくなった。しがって相互に外交窓口として法人格の代表部を設けているのが現状だ。
「はじめまして。陸上自衛隊幕僚監部法務官室のモリヤ2佐です。お会いできて光栄です」私としてもやはり一国の領事に対する礼を尽くした。
「台湾友好事務所にようこそ。私が所長の粘です。モリヤ2佐のお名前とお顔は見たことがありますよ」粘支処長は謙遜した自己紹介をしてから執務机の横に置いてある中国風のテーブル・セットの席を勧め、秘書に飲み物を指示した。応接セットをテーブルと椅子にしているのはお洒落であり、日本人としては深く沈むソファーよりも背中が伸びて座り心地が良いはずだ。
「ところで問い合わせてあったユーチョン・メイファイスー(玉城美恵子)の雇用の件だが」秘書がよく冷えた一口で高級と判る中国茶を運んできた後、王中校が切り出した。美恵子の名前を中国語で言われても私には判らないが秘書が傍らで通訳してくれているので理解できている。
「連絡があってから職員を玉城美恵子が勤めていた理髪店に行かせて色々訊かせたんですが、仕事の腕は抜群でも自分本位な面があって客の評判も両極端だったそうです。それからママさんだったスナックでも客を選り好みしたため長年の贔屓客を失って経営は行き詰っていたようです。死亡事件の現場になったアパートの家主は言うまでもなく酷評しています。ここまで評判が悪い人物を雑役係とは言え我が国の外交窓口である支処で雇うことは・・・」ここまで詳細に調査していることでも台北駐日経済文化代表処が大使館としての機能を果たしていることが判る。本音としては私と同様に関わることも避けたいのではないか。
「彼女も我が国の緩刑(執行猶予)で色々な経験を積んで人格が大きく変わったと言う肯定的な評価を受けているんだ。面接だけでも頼めないかね」「私としては沖縄での悪評を無視することはできません」王中校は何故か喰い下がってくれたが、支処長の判断の方が常識的だった。
王祖賢イメージ画像
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  1. 2019/08/23(金) 12:10:04|
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