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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1652

昼食は支処長の案内でアルテビルから徒歩数分のなかむら家へ行った。通訳の美人秘書が同行しなかったところを見ると会話は日本語にしてくれるようだ。その一方で王中校と粘支処長の会話を聴いていて私の中国語も少しは復活してきている。
なかむら家は梢とつき合っていた頃に何度か入ったことがあるが、沖縄料理(王家の宴席で供されたのが琉球料理、家庭で日常的に食しているのが沖縄料理)と地元の魚を使った海鮮料理が専門だ。久茂地は国際通りの続きにある沖縄県庁に近いため昼時の店内には一見して公務員と判る男女が多い。その中には県労組の活動家もいるはずだが、そこに制服と軍服を着た2人を案内した支処長の意図は不明だ。単に「美味しいから」「近いから」と言う理由も考えられる。
「王中校も沖縄には何度も来ていますが、この店は初めてですか」制服のズボンにしわを寄せないため私たちは居酒屋式のカウンター席に座ったが、マスターが絞りタオルを配り、注文を取ったところで支処長が談笑を再開させた。しかし、王中校は希望していた美恵子の就職を断られて少し不機嫌になっている。そこで私が代わりに答えた。
「私は若い頃、恋人と2人で来たことがありますよ。その恋人に王中校は会いました」意表を突いた展開に王中校は呆気にとられたようにこちらを見た。私は想定通りに展開に苦笑しながらマスターが出したグラスのうっちん茶を飲んだ。うっちん茶はウコンの葉と茎でいれるが肝臓に良いとされているため酒飲みに愛飲者が多い。
「それはアンリー・シャオさんのことかね」流石に驚いたのか冷静な王中校は安里梢の氏名を中国語のまま口にした。私も梢と広東語の勉強に励んでいた頃、互いの名前の中国語読みは覚えたので理解したが、この手の大物然した人物が焦り、慌てた姿も苦笑できる。
「そうです。梢とは毎週土曜か日曜日に必ずデートしていました。今日、王中校が言い当てたように親密な交際だったんですよ」ここでは支処長は蚊帳の外になってしまったが、ようやく王中校を引き入れることができた。
「と言うことはモリヤ中校も沖縄におられたのですか」「はい、30年ほど前の20歳代の5年間を沖縄で過ごしました。私にとっては青春の地です」私の説明に王中校はその5年間に梢と交際しながら引き裂かれ、美恵子と結婚した私の青春の「甘酸っぱい」ではなく苦くて辛く塩っぽくて梢と過ごした時間だけが甘い複雑な風味を理解したようだ。
「モリヤ中校の目には現在の我が国はどのように映りますか」ここで粘支処長が私に話を振ってきた。この日本語にもかなりの品格を感じる。今の日本のインテリ層でもこのような言葉遣いはしないのではないか。平成に入って日本が伝統的な精神文化や美意識が崩壊させている中、台湾ではそれが大切にされ、正しく受け継がれているようだ。これでは「日本文化を学ぶには台湾へ」と日本人の若者が留学することになりかねない。
「先ず3月11日の東北地区太平洋沖地震において中華民国が即座に巨額の義捐金の供出を決定し、迅速に救援隊を派遣してくれたことに心から感謝を申し上げます」私があらたまって謝辞を述べ、座ったまま45度の敬礼を実施したため注文した料理を運んできたマスターはカウンターの中で固まってしまった。したがって謝罪や感謝では頭を下げて20秒間待たなければならない敬礼を基本教練通りに即座に戻すことになった。
「これまで馬英九政権は野党が初めて政権奪取した陳水扁政権の独立志向の反動で李登輝政権以上に共産党中国に追従しているように見ていましたが、今回の毅然たる態度にその認識を改めました。むしろ共産党中国に服従しているのは折角、最初に到着した貴国の救援隊を東京に足止めして共産党中国の救援隊の到着を待たせた現在の日本政府です」私の見解に粘支処長は満足したようにうなずいたが、王中校には異論があるようで無反応に前に並んだ料理に箸をつけていた。
「その日本政府も災害派遣で自衛隊が活躍している写真を県民に見せたくないからと大震災の記事を掲載しない地元新聞を放置している沖縄県に比べればましですが」私が批判の相手を沖縄に向けると王中校も食べながらうなずいた。考えてみれば私も制服を着ており、周囲には県労組かも知れない連中が聴き耳を欹て(そばだてて)いる。しかし、ここであえて発言を控えないのが私の沖縄への愛着だ。私もグルクンの刺身に箸をつけると話を続けた。
「これは沖縄の魚ですが、尖閣問題では中華民国の漁船が共産党中国の人間を乗せて領海侵犯を繰り返していました」「中共は漁船が日本の海岸巡防署(=海上保安庁)の巡防救難艦(=巡視船)に衝突する事件も起こしてからは公船で行っているぞ。」粘支処長の前では政権批判ができないようで王中校は共産党中国を標的にし始めた。
「何にしても自衛官の私的発言を規制する法令はありませんから、本土の新聞が採用することはないでしょう」話が盛り上がる前に釘を刺すのは防諜=自衛処置だ。当然、音量を上げた。
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  1. 2019/08/24(土) 13:06:15|
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