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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1654

「今日、君と面会することになったのはこちらの台湾国軍の王2佐から玉城美恵子について調べたいと言う要望があったからだ。私も質問には正直に答えたから君も個人として話せる範囲で協力して欲しい」これが裁判の尋問であれば偽証罪と黙秘権の説明を加えるところだがあくまでも私的調査への協力なのでこの程度になった。王中校の肩書を「台湾国軍」としたのは矢田3曹に中華民国と中華人民共和国の違いが判るとは思えなかったからだ。
「補足すれば王2佐は日本語が堪能だからそのまま話せば良い。それではどうぞ」私の前置きが終わると王中校は置き机に置いていた大き目の手帳を開き、高級そうなボールペンを取ってメモの用意をした。そこで一呼吸の間を置いてから口を開いた。
「君がモリヤ2佐の妻だった玉城美恵子を誘惑して略奪したことは我が国の裁判の通姦罪に関する審理で詳細に証言されている。当時、理髪店の客だった君が上官の妻を誘惑したのは玉城美恵子にそれけ性的な魅力があったからなのかね」矢田3曹は自分の名前が外国の裁判で出ていたことを聞かされると表情を固くして私の顔を見た。私は弁護士の顔を作って目で答えを促した。
「いいえ、散髪されながら猥談を振っても意味が通じないので面白がって教えている間に誘惑してみようかと思うようになりました。勿論、新任のエリート幹部で妙に偉そうなモリヤ小隊長に一泡吹かせてやろうと言う若気の至りもありました」この辺りの話は善通寺でも聞いているので私としては特別な感情は抱かないが、駐屯地業務隊長が同情したような視線を向けてきた。
「問題なのは名誉ある陸軍将校の妻でありながら下士官の誘惑に乗った玉城美恵子の貞操観念だ。まさか強姦した訳ではないだろう」「勿論です。モリヤ小隊長が演習がない時まで家を開けて育児を押しつけていることに不満を持っていたみたいなので気晴らしにドライブに誘ったら簡単に落とせました」こうなると怒りよりも恥ずかしくなってくるが、要するに美恵子は私が性的情報から隔離していたため本当は人並み以上だった性への関心と欲求が蓄積していて、そこに矢田3曹が火をつけて大炎上させたと言うことだ。
「モリヤ小隊長はデートもバスか自転車だったからドライブさせてもらったことがないって不満そうでした。ディスコやゲーム・センターも初体験で『青春をやり直すんだ』って喜んでいました。セックスもプロのテクニックを教えると燃えてしまってこちらが大変でした」「ゴホンッ」矢田3曹の説明が私を侮辱していると感じたらしく駐屯地業務隊長が咳払いをして制止した。しかし、これは私にとって反省しなければならない事実だった。梢は手をつなぎ、腕を組める徒歩や2人乗りで抱きつける自転車を心から喜んでいたが、タクシー・ドライバーの娘の美恵子にはかなり不満だったようだ。何にしても波長が全く合わない相手だったのは間違いない。
「それで君は今、玉城美恵子と結婚していたことをどのように思っているのかね」台湾での裁判の尋問で美恵子が語った私と矢田3曹との結婚生活に関する証言を確認し終えた王中校は締め括りに私にとっても関心がある質問を投げ掛けた。矢田3曹は長い時間、うつむいて考えると私の顔を一瞥してから答え始めた。
「始めは玩具にして捨てれば幹部の妻としての世間体があるから誰にも知られずに片づけられると思っていたんですが、運悪くモリヤ小隊長本人に見られてしまったんです。それで責任を取って結婚することになりましたが、あの女はモリヤ小隊長の優しさに慣れていたんで私との生活には常に不満を感じていたみたいでした」矢田3曹はここで一呼吸置いて私の顔を注視した。
「問題が発覚した時、モリヤ小隊長は『家庭を顧みなかった自分にも責任がある』と仰って激怒していた中隊長をなだめて下さいましたが、それを聞いて私は自分が犯した罪を思い知って、一緒に裏切ったあの女が疎(うと)ましくなったんです」この言葉は前回、国際通りで会った時の態度でも納得できる。ここで私は弁護士でも人権派の顔に切り替えて言葉を返した。
「あの時の言葉に偽りはないぞ。私と玉城美恵子の出会いも不幸だったが君も不運だったと言うことだ。それでも流行の髪型に興味があった君の方がまだお似合いだったんだろう。結局、あの女には理容師以外に何の能力もないんだから、仕事と結婚してハサミと剃刀を伴侶として一生を過ごさなければならなかったんだ」続いて私は人権派弁護士として面目躍如の台詞を吐いた。
「君はあの一件で厳しい処遇を受け続けているようだが、そろそろ不当人事の領域に入っているように感じている。君が普通科の陸曹として有能だったことは良く知っている。今も鍛えていることは身体を見れば判る。君が陸上自衛隊を告発するのなら弁護は引き受けよう。いつでも遠慮なく陸幕法務官室に電話してきなさい」この長台詞を聞いて駐屯地業務隊長は青ざめた。目の前で不倫騒動の被害者と目されている弁護士の法務幹部が組織によって抹殺されようとしている加害者に民事訴訟を起こすことを勧めたのだ。それでも軍事裁判の判事として検察・弁護の法廷外の駆け引きを熟知している王中校は私の真意を洞察して口角だけで苦笑していた。
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  1. 2019/08/26(月) 10:20:26|
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