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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1656

「モリヤ、久しぶりさァ」「前回は去年の9月だったから1年にはならないよ。確か前回も制服で来たぞ」前回は尖閣諸島近海で起きた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件の調査のついでだったから制服で来たはずだ。夕紀子はそんなことは完全に忘れているらしい。
「自衛隊の制服は滅多に見ないから記憶に残らないね。それでこちらの方は」ここでようやく主客の王中校に話を振った。ママが日出子と夕紀子に代わって叔母の孝子の時代の馴染み客が戻ってきたのでカッチンは家庭的な雰囲気になり過ぎているようにも感じる。
「王中佐は台湾の陸軍で法律関係の仕事をしているから美恵子の裁判でも色々世話を焼いてくれたんだ。今回も美恵子が『那覇市内では散髪屋に就職できそうもない』って聞いて心配してついてきてくれたんだよ」「その話はオカアから聞いてるよ」聞いているのなら説明させないでもらいたい。以前の夕紀子は感覚だけで行動する美恵子とは違い、冷静で思慮深いと言う印象を持っていたが、年齢を重ねて普通の沖縄の小母さんになってきたようだ。
「美恵子は那覇市内どころか沖縄本島中の床屋に指名手配されたままだから就職できないのさァ。人手不足の離島なら採用してくれるかも知れないけどあの娘(こ)は流行の最先端を追う仕事でなけりゃあやる気を起こさないから駄目だね」流石に姉も美恵子の職業人としての欠点を認識している。おそらく王中校が聴きたいのは身内の人物評だろうからこの話題は丁度良い。
「そう言えばお酒を忘れていたさァ。昨日、美恵子が帰ってきてオトウとオカアの苦労が始まるってネエネと話していたところにモリヤに会って、完全に頭のネジが外れてしまってるよ」夕紀子の言い訳は多分本音だろう。結束が固い沖縄の家庭でも特別な玉城家の異端児である美恵子が前科者として帰ってくれば世間だけでなく近所に住む門衆(モンチュウ)からも冷たい視線を浴びせられ、年老いた両親が矢面に立って守らなければならない。長男の松真は航空自衛官として浜松基地で勤務しているので当てにならない。だから結婚して家を出ている姉たちが深刻に受け止めているのは当然だ。ここで私は小声で王中校に玉城家の家族構成を説明した。
「酒は前回、淳之介と松真用にキープしたボトルを飲もう」「そんなのあったっけ」「スィヴァース・リーグルゥだぞ」振り向いて棚に並んでいるボトルを見回している夕紀子に私がヒントを与えるとすぐに見つけ出した。エライ中華民国陸軍の中校殿に飲ませる酒としてシーバース・リーガルはギリギリの格式だろう。前回、梢の好みに合わせておいて助かった。
「貴方から見て玉城美恵子はどのような妹ですか」乾杯が終わり、2人ともストレートのグラスを数回口に運んだところで王中校が夕紀子に質問を始めた。その前に私から可能な範囲で正直に話すように言ってある。これが閉店に近い時間なら夕紀子も水割りを作って客である私のボトルを減らすところだが今回はまだ早い。
「あの妹は可哀想なところもあるけどやっぱり厄介者なのさァ。美恵子の小学生時代は沖縄が本土に復帰したばかりの頃で、ナイチャア(本土の人)の教師が滅茶苦茶なことを吹き込んだから何も身につけずに高校生になってしまったのよ。だから姉弟の中で一番成績が悪くて私たちを見返してやろうと選んだのが国家資格が必要な理容師だったのさァ」確かに美恵子は出会った頃から一貫して「理容師」と呼ぶことを要求して「床屋」や「散髪屋」と言う俗称を拒否していた。しかし、そのような屈折した感情の上に立てたプロ意識はどこか危うい気がする。
「服装も地味な私たちのお下がりを嫌ってファッション雑誌で選んだ最新の流行をアルバイトの給料で注文して買うようになって、髪型も親に黙ってパーマをかけて高校の服装点検ではいつも注意されていたわ。それでも化粧だけはオカアが許さなかったんだ」私が玉城家の一員だった頃、日出子や夕紀子に会うと義母の勝子と服を着回ししているように見えた。その中で美恵子だけが派手な流行の服装だったから完全に浮いていた。だから防府に転属した時には「憧れの本土」と夢を膨らませていたはずだが、あそこは沖縄よりも流行から遅れていた。
「それではどうしてモリヤ中校と結婚したんですか。今日、私は矢田下士(3曹)にも会ってきました」この質問は私が美恵子を直接尋問、ついでに拷問したいくらいだ。すると夕紀子は美恵子以外の玉城家の女たち(勝子の妹の孝子を含む)に共通する顔を固くして答えた。
「あの頃、私がモリヤのどこが好きなのかって訊いたら、ナイチャアだからシマンチュウ(沖縄の人)みたいにベタベタとまとわりついてこないって言っていたよ。仕事を好きなようにやらせてくれるって思ったんだね」結局、私がその期待を裏切ったようだ。その一方で本土復帰直後の沖縄の学校教育では本土で学生運動の活動家だった教師たちが儒教的な倫理観を徹底的に否定したため児童・生徒たちは家庭で教育される貞操感念や奉仕の心、和の精神などに疑問を持ち、教師と両親を天秤にかけることになった。家庭に不満を抱いていた美恵子が教師を選んだのは当然の成り行きだったのかも知れない。
2・桑江知子イメージ画像
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  1. 2019/08/28(水) 10:53:04|
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