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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1659

梢と2人で安里家に帰るとあかりと両親で恵祥を風呂に入れていた。出発前、私から「飲んでくる」と伝えていたので「今夜は任せられない」と判断したようだ。私はストレートのシーバース・リーガルをグラスに2杯飲んだけなので酔ってはいないが、湯船に漬かればどのような変化が起こるか判らないから残念でも仕方ない。
リビングでは梢の父が床にうつ伏せ寝用のベビー・マットを置き、その上にバスタオルを広げて恵祥を上げる準備していた。浴室から聞こえるあかりと母の会話に集中していたらしく私たちが入ってきたのに気がついて照れ臭そうに笑った。
「貴方、恵祥を連れて行くからエアコンを切って」そこに浴室から梢の母が居間の父に声をかけてきた。安里家の冷房はそれほど強くないが風呂上がりの乳児にエアコンの冷風が毒なのは間違いない。私への挨拶のために立ち上がっていた父はリモコンで電源を切った。
「それ、裸の王様の登場よ」そこに母がバスタオルで包んだ恵祥を抱えてきた。つまりあかりが恵祥を風呂に入れ、身体を洗ったようだ。乳児の湯浴みでは耳に水を入れないように親指と人差し指で押さえるなどのきめ細かい注意が必要だ。何よりも視覚障害者のあかりが気づかずに沈め過ぎれば溺れさせてしまう。勿論、母がつき添っているのだが、あかりが健常者でも熟練を要する乳児の入浴を果たせるようになっていることに感激して、私は隣りに立つ梢の手を握ってしまった。酔っていないのに泣き上戸になりそうだ。
「恵祥、気持ち良かったね。お母さんは丁寧に洗ってくれるから綺麗になってるよ。はい、オムツをはめますよ」母はリビングの隅に立っている私たちに背中を向けて、手際良く恵祥を裸の王様から眠れるモリヤの孫に役柄変更していく。私たちは完全に観客になっている。
やがて恵祥は寝巻を着せてもらって母の腕で私たちに視線を合わせてきた。こんなことでも初孫の成長が確認できる。後は風呂から出たあかりに母乳をもらって腹が膨らんで眠れば生後の経過日数が1日無事に刻まれるのだ。
翌朝、私は出勤する梢と一緒に海上自衛隊沖縄航空基地=航空自衛隊那覇基地に向かった。梢は本店に寄るため牧志駅で下りたが、私は終点の那覇空港からタクシーで懐かしの「小禄第2ゲート」まで行く。昨夜も私と梢は30年弱前に戻るのではなく恵祥の祖父母として民法上の不貞行為に立ち入らないことが不思議なくらい濃密な時間を過ごした。こうなると立ち入られない身体と民法770条の離婚事由の認定基準は本当に有り難い。
私は海上自衛隊の定期便の搭乗手続きが始まるまでの時間を利用して那覇基地内の自衛隊情報保全隊で王中校から聞いた「国籍不明の人物が死亡した事故」の地元2大紙の記事を探した。調査隊時代はスクラップした記事をバインダーで保管していたが、現在はコンピューターでデーター化しているので検索はかなり楽になっている。
「モリヤ2佐、今回の出張は何事ですか」海曹に通常の10倍以上は複雑なパスワードなどの手順を経てアクセスしてもらったコンピューターで検索を始めると白い3等海佐の制服を着た証3佐が画面を覗きながら質問してきた。その独特の視線に私は中華民国軍の諜報と防諜のプロである王中校と過ごした緊張の1日を思い出した。そうなると証3佐も事前に知った上で質問していることを疑ってしまう。
「中華民国陸軍の法務官と那覇市内で面会したんだ。君に立ち合ってもらった方が好かったかも知れないな」「2人とも制服だったでしょう。那覇駐屯地から相談を受けて隊員を派遣したんですが、堂々と乗り込んできたから傍観することにしました」これは予想された対応だが、「油断も隙もない」と言う古語を使うのは少し意味が違う。
「王中校は台湾人腹上死事件で有罪判決を受けて3年間の執行猶予を勤めてきた玉城美恵子と言う女性に同行してきたようですが、軍として関与する特別な理由があったんですか」こうなると回答が難しい。証3佐が王中校の姓と階級、美恵子の氏名と法的処分を把握していることから自衛隊情報保全隊が台湾軍将校の沖縄訪問を察知して調査していたことが判る。その一方で折角築いた王中校との信頼関係を維持するためにはこの場で美恵子の使用目的を漏らすことはできない。とは言え防諜のプロである証3佐=自衛隊情報保全隊が私の稚拙な誤魔化しを見抜かないはずはない。私は作麼生(そもさん=禅問答の追及)を受けた気分で表面上の事実を説明することにした。
「その女性が台湾の拘置所で刑の執行前の死刑囚を散髪すると出来栄えに感激して微笑むんだ。王中校はそれに感激して海外で出店する手伝いをするつもりなんだそうだ」「その海外と言うのはどこですか」「さてね・・・これだな。自動車道で乗用車が衝突、炎上、身元不明の男性が死亡」回答を誤魔化す代わりに探していた記事を見つけて私は興奮気味の声を上げた。しかし、この事故を質問するのも墓穴を掘ることになるのは素人の私も判っている。
  1. 2019/08/31(土) 12:29:00|
  2. 夜の連続小説8
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