FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1661

「確かにワシは鉄血勤皇隊として戦う中でアメリカ兵に手榴弾を投げ、戦死した兵隊の銃で撃ったから何人かは殺したかも知れん」松泉伯父は沖縄戦では鉄血勤皇隊に参加していた。鉄血勤皇隊とは満州事変以降の戦争の長期化によって慢性的な兵員不足に苦慮した陸軍が防衛招集対象者の年齢制限を志願者に限り17歳まで引き下げ、中でも台湾、沖縄、奄美、小笠原、千島では14歳以上としたため配属将校が教職員に生徒を志願させるように強要する事態も生起した。松泉も糸満市にあった県立水産学校(旧制中学に相当する)の生徒として志願し、首里城の地下にあった第32軍司令部を守る部隊で弾薬運搬や炊事などの雑務についていた。ところが第32軍司令部が摩文仁に移動すると地元の人間として進撃してくるアメリカ軍の背後を突くための道案内などで戦闘に参加するようになり、やがて間近に迫るアメリカ兵に手榴弾を投げ、戦死した兵隊の歩兵銃を執って射撃した。それでアメリカ兵が戦死したかを確認するだけの余裕はなかったが可能性は高い。
「私は台湾でこれから死刑になる人の髪を整えたよ。その人たちは人を殺したから死刑になったのさァ。だから・・・」美恵子がこの後に松泉の罪を問おうしたのか、有罪になった自分の科(とが)を自己反省しようとしたのかは判らない。それでも最後までは口にしなかった。
「それでも弥勒世果報は漏れなく救って下さるんだ。良い悪いは人間が決めることで世の因果とは別だ。モンチュウが同じ血を分かち合った者を全て身内として受け容れるのも同じことだ」「でもここのモンチュウは私が伯父さんもお気に入りだったモリヤと別れて矢田と結婚して帰ったら除け者にしたさァ。モリヤは勝手に幹部になって家のことを私に押しつけた。だからもっと仕事をさせてくれそうな矢田に乗り換えたのに話しを聞こうともしなかった」「お前がモンチュウどころか家族を避けて話をしようとしなかったんだろう」美恵子の反論を松栄が嗜めた。勝子は情けなさそうな顔で前に座った松泉の妻を見ている。
「お前は何も判っていないんだな。勝子が育て方を間違えたとは思えんが、それでは結婚なんてしてはいかん。モリヤさんに申し訳ないことをしてしまった」松泉のモンチュウの主(おさ)としての言葉に美恵子が「妊娠した」と嘘をついたため一度は別れさせたモリヤにやり直すことを懇願した松栄は沈痛な顔でうなだれた。
「あの時、お前は抜けがらみたいになって海ばかり見ていたさァ。あれはモリヤさんと別れたことが辛かったんじゃあないの」「まだ夢見る子供だったのさァ。モリヤが仕事しか考えていない自衛隊馬鹿って気づかなかったんだよ」美恵子の暴言に病身の松泉が興奮するのではないかと心配した妻が膝でベッドに近づいたが黙って話を聞いている。ここで先ほどよりも辛そうに肩で息を吸うと重い口調で話し始めた。
「そんな救いようがないお前でもモンチュウにとっては宝なんだ。お前は子供を産んで玉城の血を1つ先につないでくれた。その息子に子供ができれば2つ先にまで続く・・・」「先日、淳之介に男の子が生まれました」松栄が遮るように説明すると松泉は驚いたように咳き込み始めた。妻が立ち上がって背中を擦ると無理に口を閉じて肩で息をしながら酸素を吸った。
「今のお前はその孫には会えないな。自分の命どゥ宝(=命は宝)を錆びさせていては新しい宝を汚すだけだ。松栄と勝子は会ったのか」「はい、淳之介から生まれたと言う知らせが入ってすぐに病院へ会いに行きました」「母親似でディキヤー(賢そう)なチビラーシー(美男子)でしたよ」勝子の説明に松栄は誇らしげに島口で補足した。その横で美恵子は「盲(め▲ら)が産んだ子じゃない」と口の中で呟いた。
「それも全てモリヤさんのおかげだ。迷惑しかかけなかった美恵子の血を引く子供を大切に育てて磨きをかけた上でシマ(沖縄)に返してくれた。その息子がシマンチュウ(沖縄の人)の娘と結婚することを許してくれたから松栄と勝子も会いに行くことができた。あの人は本当に島ナイチャア(沖縄の本土人)だな」ここまで話して再び松泉は激しく咳き込み始めた。妻が背中を擦るが今度は中々おさまらない。その様子を見て勝子は松栄に退室するように促した。
「ニイニ、疲れさせて申し訳ないさァ。今日はこれで帰るけどまた来るさ」松栄と勝子は畳に手をつき頭を下げて挨拶したが、美恵子は一気に投げ掛けられた言葉に納得できず苦しげな松泉を冷めた目で見詰めていた。
「今日は有り難う。美恵子、時々ワシの髭を剃りに来てくれ」「毎日来い。お前には仕事の練習になるだろう」咳と咳の間に松泉は意外なことを頼んできた。それを松栄が命令にした。美恵子にとって身内からの強要は我慢ならないことだが、「仕事」の一言で微かなやる気が胸に起こった。美恵子は立ち上がって両親の向こうのベッドで顔を向けている松泉を見た。白髪混じりの髪の毛とシマンチュウの濃い髭が顔全体を覆って別の野生動物のようだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/09/02(月) 11:19:27|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1662 | ホーム | 第82回月刊「宗教」講座・日本の佛教史上最悪の凶事・一向一揆。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5601-866e9678
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)