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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1662

南城市の高齢者定期健康診断で末期の肺癌と診断されてから松泉は戦争の夢を見てうなされるようになっていた。このためベッドの下に布団を敷いて寝ている妻は起き上がって呼び掛けながら肩をゆすり、眠りを覚まさせているが、顔を歪め、大粒の汗をかいて全身を硬直させている姿は見ている者まで恐怖を感じてしまう。
「軍曹殿」今夜も松泉は絶叫した。妻が電気を点けると鼻の管が伸び切るまで身体を縮め、小刻みに震えている。こんな時は首里の陣地ではなく南部での戦闘の場面だ。
「玉城(たまき)、お前も第2国民兵役を志願するんだな」「はい、中尉殿」昭和19年と2学期が終わり、兼城村(現在の糸満市兼城町)にある県立水産高校でも寄宿生たちが実家に帰る。その直前、陸軍省は省令の陸軍招集規則を改定し、第2国民兵役と呼んだ防衛招集対象者の年限を18歳から志願を条件に中学生を含む17歳に、「本土の防壁=前縁地帯」と位置づけた台湾、沖縄、奄美、小笠原、千島については14歳以上としたのだ。
中でも水産学校には他の中学校や職業学校にはない通信科があり、生徒の大半は操船に熟練し、水泳を得意としているため沖縄・第32軍司令部も即戦力として大いに期待している。この意向を受けて配属将校は「全員志願」を校長に強要し、機会を作らせては学徒として郷土防衛の重責を果たす気構えを強弁してきた。おまけに2学期が始まって間もない9月26日には護郷隊と呼ばれる少年兵の募集があり、14歳以上17歳以下の少年たちが陸軍中野学校二股分校出身(ルバング島の小野田寛郎少尉と同じ)の大尉2名に率いられてニューギニアやフィリピンに派遣されたと言う話を耳にして焦りも感じている。
「お前は玉城村(たまぐしくそん)の網元の長男だったな。その覚悟を両親に伝えて志願書に印を押してもらってこい」「はい、中尉殿」配属将校にとっては生徒の中でも身体能力が高く、愛国心に燃え、軍事教練に積極的に取り組み、教員と生徒たちからの人望が篤い玉城松泉は是が非でも確保したい人材なのだ。しかし、配属将校には気合を入れて返事をしたが松泉は親を説得する自信がなかった。玉城家は玉城村新原で多くのサバニ(沖縄の丸木舟)を抱えて漁師を束ねる網元で玉城村の住民の食生活を支えている。松泉はその跡取りとして生まれ、モンチュウの長(おさ)となるように育てられてきた。徴兵を拒否できないのは言うまでもないが、志願して出征することが許される立場ではないのだ。
兼城村から糸満村までは県営鉄道があるが、そこから玉城村までは公共交通機関がないので徒歩になる。このため家に着いた時には冬の日は暮れていた。それでも今夜は太陰暦では11月11日に当たるため満月に近く、夜道を明るく照らしてくれている。松泉は石垣で囲まれた家から漏れて来る楽しげな話し声を聞きながら自宅に辿りついた。玉城家は新原の集落でも城(グシク)の名を姓にしている旧家のため石垣は高く、玄関の前に魔除けとして立てる塀・ヒンプンも大きく家の灯りは漏れてこない。その暗い角を曲がり、石畳を踏んで父親がガラス戸に替えた玄関を開けると家の中に声をかけた。
「なま・ちゃん(ただいま)」「けーたんなー(おかえり)」玄関の土間に続く台所から母親の声が聞こえた。台所からは煮物の匂いが漂ってきて抱えてきた空き腹が一層加速した。
「おトオ、シマ(沖縄)で戦さが始まったら俺も軍隊と一緒に戦わなければいけないと思うのさァ」沖縄の正月は太陰暦のため今年は2月13日だ。だから学校の太陽暦の冬休みは単なる長期間の連休になる。それでも家族は松泉の帰宅を喜んで母親は畑と海の収穫で御馳走に腕を揮い、国民学校に入っている弟や妹は宿題を習い、未就学の幼子は遊びをねだって幸せな時間が過ぎていった。そんな明日は水産学校に戻る夜、松泉は父親と酒を飲みながらようやく覚悟を打ち明けた。沖縄でも陸海軍が駐留している地域では大規模な陣地構築や演習を目の当たりにしている庶民も戦争が迫っていることを感じているが、軍人の姿を見ることもない田舎では新聞やラジオが報じる戦況も他人事で淡々と平和な日常生活を送っている。
「シマで戦さが始まることなんてあるのか。帝国陸海軍の大部隊が守ってくれているんだ。アメリカが手を出せるはずがないだろう」父は松泉の話を配属将校や向こうで会う軍人たちに危機感を煽られた若者の過剰反応と受け止めた。
「軍が大部隊を配置したと言うことはシマが狙われているからじゃあない」「だったら最精鋭の9個師団が台湾に移されたのはあちらの方が狙われているからだろう。フィリピン決戦で大日本帝国が勝って戦争は終わるんだ。お前は水産学校で漁業の勉強に励むだけで良い」父親の声が大きくなったため松泉は引き下がった。これが沖縄の家庭で教育されている礼節なのだ。
「おトオ、おカア、わっさいびーん(ごめんなさい)」家族が寝静まった後、松泉は自分の部屋で志願書に父親の書箱から無断で借りてきた印鑑を押した。
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  1. 2019/09/03(火) 12:46:00|
  2. 夜の連続小説8
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