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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1664

学校はそろそろ春休みに入る時期になったが、鉄血勤皇隊として従軍している松泉たち生徒には休日さえない。自宅には鉄血勤皇隊として出征した時に葉書で知らせたものの配属先は軍機に属すると言うことで書くことができなかった。那覇市は昭和19年10月10日の大空襲で市街地の大半が焼失し、都市としての機能が回復できていないため周辺住民の行き来も途絶えており、偶然知り合いに会うことも期待できない。こうなると家族には心配をかけるだけだ。
「九州が空襲を受けているらしいぞ」3月18日、現場からの「伝令」として連隊司令部に命令受領に行った生徒が「斥候」になって帰ってきた。連隊本部では師団司令部からの情報を巡って将校たちが大声で議論しており、耳を塞がない限り筒抜けになっていたらしい。
この攻撃はアメリカ海軍の主力である第58任務部隊の空母16隻からなる大艦隊が4日間にわたって九州から瀬戸内海、四国、和歌山にかけての航空基地と軍港を空襲し、沖縄への輸送力を壊滅したのだ。これに対して海軍の第5航空艦隊も神風特別攻撃隊69機を含む大々的な反撃で空母3隻を小破したが、航空機の半数以上を失う大損害を受けた。
「硫黄島の次は沖縄を飛び越して九州に上陸するんじゃあないか」学校では配属将校からの説明でしか具体的な戦況を知ることができなかった水産学校の生徒たちも第32軍司令部で働く同級生や現場で休憩時間に兵隊たちが交わしている雑談からこの戦争の現状を知り、声を潜めて議論し、考えるようになっている。少なくとも昨年7月にはサイパン島が陥落して本土の主要都市が連日のように空襲を受けるようになっており、今年の2月には小笠原諸島の硫黄島にアメリカ軍が上陸して日本軍と激戦を繰り広げていることは判っている。どちらにしても敵が日本の領土にまで手を掛けている以上、劣勢に陥っているのは間違いない。
「確かに敵の狙いは本土のはずだから沖縄で寄り道する必要はないよな」「沖縄にあった海軍の艦(ふね)や飛行機は10月の爆撃でやられちまったから、今更、占領する意味がないのは確かだ」水産学校に入っている生徒たちは松泉と同じように漁師でも網元や離島への渡船会社を経営している家の息子が大半なので状況分析も冷静で客観的だ。
「逆に沖縄を攻撃する前に日本軍を叩き潰しておこうとしたんじゃあないか。沖縄を奪えばアメリカは海軍と飛行機の基地を確保できるだろう」ここで松泉が独自の見解を披歴した。松泉自身はアメリカ軍の島伝いに日本に迫っている太平洋戦略までは知らないが、フィリピンと硫黄島の次に太平洋と東シナ海の万里の波頭を越えて本土へ向かうとは思えなかった。勿論、フィリピンや硫黄島の日本軍の敗北を前提に考えることは「非国民」になるので口にしなかったが、船乗りを目指す生徒たちも洋上で嵐が迫っているのと同じ危機感を抱いているようだ。
3月23日の朝、陣地構築の作業のために集合していた兵隊と生徒たちの耳に連隊本部の地下壕の方向から聞き慣れないラッパ音が響いてきた。
「あれは空襲警報のラッパであります」列の最右翼で「集合終わり」の報告をしようとしていた伍長が前に立っている軍曹に声を掛けた。すると「気をつけ」の号令を掛けられている兵隊たちも前を向いたまま「空襲だ」と独り言を呟いた。間もなく紙製のメガホンを持った下士官が走ってきて立ち止ると「空襲警報発令、各個に退避せよ」と叫んだ。
「完成している壕は・・・あそこだ」軍曹は作業現場を見回すと剥き出しになった岩の下にある洞窟を改造した地下壕に目を止めた。沖縄諸島は海底の岩盤が隆起してできた島礁なので大小の洞窟が各地に存在する。それを改造すれば土を掘り固めた陣地などとは比べ物にならない強固な要塞になる。実は硫黄島でも火山の洞窟を利用したトンネル陣地でアメリカ軍を散々に翻弄し、攻撃側が守備側よりも多くの犠牲者を出す事実上の敗北を与えている。その硫黄島の組織的戦闘が終わるのは3日後の26日のことだ。
「総員退避、生徒から退避させろ」「早く行け」「急げ」軍曹の命令に兵隊たちは戸惑っている生徒たちを追い立て、自分は叉銃(さじゅう=3丁の小銃を交差させて立てる置き方)してある小銃を取って後を追った。本来、叉銃では「叉め銃(くめつつ)」の号令で組み、「解け銃(とけつつ)で外して取るのだが、緊急事態なのでそれは省略した。
空襲警報はおそらく離島の守備隊からの通報で発令されているため沖縄本島に到達するまでは少し時間がかかるはずだ。ところが全員が地下壕に入り、異常の有無を申告した頃、入口で外を見ていた伍長が大声で報告した。
「敵機発見、大編隊です」「何機だ」「数え切れません」伍長の説明に軍曹も入口に移動した。すると首里の高台から見上げた空はウンカの大群が飛んでいるかのような黒い点で覆われ、低い爆音が聞こえ始めた。西日本を空襲した第58任務部隊の空母から発進した初日だけで2000機の艦載機が飛来し、上陸準備を整えようとしていた。
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  1. 2019/09/05(木) 13:04:22|
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