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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月10日・世界自殺予防デー

明日9月10日は世界保健機関(WHO)が2003年に制定した「世界自殺予防デー」です。
佛教者である野僧は自ら命を絶つことを旧約聖書的に「自分を殺す」罪悪とは考えていないので基本的に「自死=自分で死ぬ」と表現していますが、今回は正式な呼称が「自殺」で統一されているためそれを踏襲せざるを得ません。
この国際デーの由来はWHOと世界自殺予防学会(IASP・世界疼痛学会も同じ略称)がスウェーデンのストックホルムで共同開催していた世界自殺防止会議の初日に「自殺に対する注意と関心を喚起し、自殺防止のための行動を促進する」と言う会議の目的を国際運動とするための期日として制定したのです。
これを受けて日本でも表看板は弱者救済、人命尊重と言ったお題目を表看板にしながら実態は反政府活動を専らにしている人権団体などがマスコミを使って啓蒙活動を繰り広げますが自殺者数の推移を見る限り、それほど効果は上がっていないようです。
このような国際会議を主導する欧米諸国の国教であるキリスト教では旧約聖書の天地創造で「人間は創造主によって作られ、命を与えられ、生きるように命じられた」と説いているため自殺は背信行為であり、キリスト教暦354年から430年まで生きた北アフリカ出身の神学者のアウレリウス・アウグスティヌスが定義し、1225年頃から1273年まで生きたイタリアの神学者のトマス・アクィナスが確立したと言われています。これを受けてカソリックでは聖職者でさえ関わることを避けるほどの大罪とされて、自殺者は葬儀を受けつけてもらえず、墓所への埋葬も拒否される非情な扱いを受けていました。
このキリスト教的教条主義はプロテスタントも継承しており、日本人の信者たちにも植えつけられているようです。野僧の親友は経営している会社の借財が社長として加入していた生命保険の死亡時給付金以外に返済の目途が立たなくなった中、年齢による切り替え時期が迫ったため自ら命を絶ちました。すると葬儀に駆けつけたクリスチャンの兄夫婦は棺に取りすがり、「自殺した者は地獄に堕ちるしかないんだぞ」と絶叫したため妻が半狂乱になりました。その時、野僧は法衣を入れてきた衣装カバンの中に偶然、左券(印可証明)が入っていたことを思い出し、喪服のまま床に倒れ伏せて泣き叫んでいる妻に猊下の筆跡と両手形を見せて圧倒させた後(一瞬にして黙った)、親友の胸に抱かせ「これは極楽往生への指定券だ」と言って一緒に焼いたのでした。
親友は巨額の借財を生命保険で返済したことで会社は社員の希望者たちに譲ったものの自宅や家財道具が差し押さえられることはなく家族の生活を守ったのです。
これを許せられざる大罪として「地獄に堕ちる以外にない」と断定するような教条主義=上から目線で自殺予防を提言しても「諸行無常」「因果応報」「生者必滅」「諸法無我」の理(ことわり)に生きている佛教徒は手放しで賛同はしないでしょう。
確かに「生きていても好いことがないのなら死んだ方が楽」と言うのは甘い誘惑ですから、それを防ぐには自殺遺体の悲惨な画像を見せてビビらせるしかないのかも知れません。
佐藤佳代・1986・4・8
1986年4月8日に飛び降り自死した佐藤佳代さんの遺骸。死に顔は・・・。
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  1. 2019/09/09(月) 12:26:15|
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