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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1671(かなり実話です)

嘉数高地は沖縄本島を東シナ海から太平洋に横切るように隆起しているため中国の万里の長城、やイギリスのハドリアヌスの長城、さらにフランスのマジノ・ライン以上の難攻不落の要塞になっていたのだが、2週間を超えるアメリカ軍の猛攻によって寸断されてきている。間に楔を打ち込まれるように孤立した陣地は各個撃破され、後は潔く全滅するのが日本軍伝統の美学だ。ところが第32軍はそれに反する命令を下した。
「撤退して首里地区に合流し、指示する地点の防備に当たれ」第32軍としては本土決戦の準備を進める時間を稼ぐためには1日でも長くアメリカ軍を沖縄に引き留め、1滴でも多くの出血を強要しなければならない。したがって次に奪還する見込みもない陣地を死守して壕の中でアメリカ軍の火炎放射機で焼き殺され、破壊された瓦礫で生き埋めになるよりは包囲を突破して次の戦闘に加わえることの方が戦略的にも優先される。何よりも敵の陣地の奪取を目的としない万歳突撃は人命ではなく戦力の浪費に他ならない。
「帝国軍人が守備位置を放棄して敵に尻を向けて逃亡するのか」司令部内でも相手をする者が少なくなった長参謀長は若い参謀が持ってきた第62師団への撤退命令の合議に花押を書くとドアが閉まる前に独り言を浴びせた。この若い参謀は陸軍士官学校の校長だった牛島軍司令官の武人としての風格に心酔しており、豪放磊落を気取る長参謀長や冷徹な合理主義者の八原高級参謀の両方に同調していない。そのため長参謀長の罵声を黙殺すると地下壕の長い通路の石の床を踵で鳴らしながら司令官室に向かった。
「月明りは視界の助けにはなるが、人影が浮き上がるから要注意だ。発砲は銃撃を受けてからの応射に限定する。兎に角、物音と立てないように気をつけろ」深夜、アメリカ軍に包囲されている嘉数高地の守備隊が陣地を抜けだした。当然、この指揮官の訓示も小声だった。
嘉数高地は北側の宜野湾方向は断崖絶壁でも南=首里側の浦添方向は丘陵地帯になっており、村落も点在する。ただし、アメリカ軍が上陸すると想定していた嘉手納付近から那覇市、小禄地区にかけての住民は沖縄本島北部と南部の知念付近に避難させているため村落はほぼ無人であり、むしろ大半は廃墟になっているはずだ。
「敵の歩哨です」守備隊の先頭を歩いている2名の下士官が立ち止り、白い軍手をはめた手で後方に合図をした。すると指揮官に随行している副官の少尉が姿勢を低くして歩いてきた。
「なるほど・・・アメリカ兵は随分、無防備に立哨するんだな」草むらの中にしゃがんでいる下士官が指差した人影を確認して少尉は小声で呟いた。この歩哨も負い紐(おいひも=スリング)でM1ガーランド小銃を肩に提げて単独で立っている。恐怖心を感じているのか落ち着かない様子で周囲を見回し、しきりに足を動かして人影を目立たせている。これが日本兵であれば歩兵銃は腕に抱える「腕に銃(うでにつつ)」であり、夜間であれば着剣している。
「どうします」「刺殺だな」この少尉は士官学校や出征学徒ではなく曹長から少尉候補者で任官しているため実戦経験が豊富だった。少尉の指示を受けた下士官2人は目で打ち合わせると左右に分かれて草むらを前進していった。
「日本兵は死ぬまで戦うんだろう。だったら逃げてこないか見張ってるなんて無駄じゃあないか」歩哨が英語で不平を口にした時、前方の草むらの中で石と金属が当たる小さいが高い音が鳴った。歩哨は驚いたように負い紐に手を掛けたが、その瞬間、背後から着剣した99式歩兵銃で突かれて即死した。背後からの刺突では左肩甲骨の下を狙えば心臓を貫くことができる。ただし、心臓は刺突されると心筋が一時的に収縮するため銃剣が抜けなくなることがある。だから銃剣術では刺突後は足で踏み切って引き抜く動作を教習するのだ。
2人の下士官は倒れて痙攣しているアメリカ兵の顔を月明りで確認して戻ってきた。若いラテン系の兵隊で伸び掛けの髪と見開いた目が黒く日本兵のようだった。
「終わりました」「ご苦労」先任である下士官の報告を受けて少尉は手で「前進」を指示し、指揮官のところへ戻って行った。
「敵に発見されました」別の陣地から撤退した守備隊は突然、強烈なサーチ・ライトの照射を受け、言わないでも判っている報告が終わる前に機関銃の射撃を受けた。夜間の戦闘では数発に1発の曳光弾を加えており、その光が描く線で射撃する方向を修正する。
射撃してくる機関銃の数は増え、暗闇の草むらを赤い光の線が薙ぎ払っていく。日本兵は身を潜める窪地を求めて手探りで這い回っている。
「擲弾筒を発射せよ」「はい、擲弾筒を発射・・・」指揮官の指示を姿勢を起こして伝えようとした下士官が銃弾を受けた。身体は蜂の巣になって引き千切れた内臓が飛散している。攻撃するアメリカ軍には同行している鉄血勤皇隊の生徒を識別する手段も意識もなかった。
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  1. 2019/09/12(木) 13:05:52|
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