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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1674(かなり実話です)

「あれは大隊長が南部の菓子パンの名前をつけた高地だな」安謝川を渡河したアメリカ海兵隊の第6師団は廃墟となった那覇市内を流れる安里川に沿った道を首里に向かっている。前方に道と安里川を挟んだ台状の小高い山と低い丘が見えてきた。右側の丘はアメリカ軍は目標区域7672G(ジョージ)と指定しているが、偵察機が撮影して帰った写真を見たアメリカ海兵隊第6師団第22海兵連隊第2大隊長のホレイショ・C・ウッドハウスJr中佐が故郷の南部で子供の頃に食べていた菓子パンの名前をつけたシュガーロ―フだ。ウッドハウス中佐はガダルカナル島を占領してから行われた演習でも同様の形をした小山にシュガーロ―フと命名しているところを見ると余程の大好物だったらしい。もう1つの地元の人たちは大道森(ダイドウムイ)と呼んでいる丘にはハーフ・ムーン(半月)と言う洒落た呼び名がついているが、こちらが誰のセンスなのかは聞いていない。しかし、上級者が自分の趣味で英語の名前とつけても捕虜を尋問する時、地名の情報を整合させるのに余計な手間がかかり、日本軍が常用する海抜の数字を直訳する方が実用的だ。
「当然、陣地があるだろう。戦車を前に出して砲撃を加えながら通過しよう」「迫撃砲で叩いてから歩兵に占領させるべきではないですか」中隊長の意見に小隊長が異論を挟んだ。これは日本陸軍以上に命令厳守のアメリカ海兵隊にしては珍しいことだ。この小隊長は日本兵を残存させたまま通過して背後を突かれる危険性を考えたのだが、中隊長としては作戦の遅滞を挽回するために進撃を急ぐ上層部が安謝川の渡河に時間を要したことを問題視しており、今日中に目の前に迫った首里に踏み込む成果を優先していた。アメリカ軍でもこのような立場と現実の齟齬により上陸以来の戦闘で指揮官が状況判断を誤る場面が重なってきたのだ。
「戦車は射程距離に入り次第、シュガーローフとハーフムーンを連射しながら前進しろ。山頂には迫撃砲弾を射ち込む。それで応戦してこなければ歩兵は急いで通過する」中隊長は小隊長たちと配置されている戦車2両の車長を集めて作戦を指示した。戦車兵たちも日本軍の1式4.7糎砲は近距離からでなければM4シャーマン戦車の装甲を射ち抜けないことは判っているため安心してこの業務を開始した。
2両の戦車は広くはない道で前後になり、戦車砲を左右に向けて進行した。この道は琉球王朝時代からの首里と波止場を結ぶ主要幹線なので牛馬や荷車が通行できる程度に広いのだが、現在は爆弾と砲弾が路面を抉っており、戦車が横に並ぶのは難しかった。
「ドンッ」先を行く戦車がシュガーロ―フに砲弾を射ち込み、1秒置かずに丘の中央で爆発した。これが射撃競技なら最高得点だ。
「ドンッ」続く戦車もハーフムーンに射ち込み、砕けた石が斜面を転がり落ちた。それを受けて後方では軽迫撃砲の連続発射が始まり、2つの丘は閃光と土煙に覆われ、兵隊たちが待機している空き地にも細かく砕けた砂塵が吹き飛んできてヘルメットが「カチカチ」と鳴った。
数十発射ち込んでも日本軍の応戦がないため戦車は低速度で前進し、近距離から状況を確認しようとした。実はアメリカ兵の間では嘉数高地の信じ難いほどの頑強な抵抗を見て「日本軍はここに全戦力を投入していた。それを撃破した以上、戦闘は終わったも同然」と言う楽観論が流れていて多くは個人的願望と重ねてそれを信じていた。その時、前を進んでいる戦車の下で爆発が起こり、キャタビラが外れ、車体が大きく傾いた。
「地雷を踏んじまったぜ」「釘を踏むとパンクするから足元には要注意ですよ」2両の車長は一緒に砲塔のハッチを開けて顔を出すと軽口でぼやき、からかった。車軸が無事であれば車体に付けている予備のキャタビラに交換するだけなので作業は簡単だ。
すると道端の川の草むらから2人の日本兵が飛び出した。2人は身軽に車体に飛び乗ると砲塔の陰で手榴弾の信管基部を抜き、ハッチの中に投げ込んだ。そして全身で車長ごとハッチを押し込むとそのまま上にかぶさった。ほぼ同時進行の殺処分だ。
「ズーン」戦車の中で重い爆発音が響き、続いて車内の砲弾とガソリンが誘爆して車体が大きく揺れた。すでに砲弾とガソリンを使っているので砲塔が吹き飛ぶほどの爆発ではない。
ここまできてようやく日本兵による殺処分を認識したアメリカ軍が銃撃してきた。しかし、2人は車体から飛び降り、死角を使って逃走している。まさに「忍者」の技だった。
そこに戦車砲と迫撃砲で破壊したはずのシュガーロ―フとハーフムーンから激しい射撃が始まった。山の各所に銃口からの射出炎が見える。日本軍はこの小山を砲撃に耐え得る堅牢な要塞にしており、目障りな戦車を破壊するのを待って反撃を開始したのだ。
砲爆撃の弾痕の他に身を隠す掩体がないアメリカ兵たちは次々に倒されていく。さらにシュガーロ―フから日本軍の擲弾発射筒による砲撃が始まり、日没までにこの中隊は壊滅した。
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  1. 2019/09/15(日) 11:37:13|
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