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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1678(かなり実話です)

松泉たち水産鉄血勤皇隊は豪雨と弾雨が降り続く中、連隊指揮所壕から前線の陣地への弾薬運搬や伝令などに当たっている。そんな仕事の合間に連隊指揮所の大尉に声を掛けられた。
「お前たちの水産学校は兼城にあるから糸満付近には詳しいな」「はい、僕の実家は玉城村なので那覇に出るのは自転車でした。だから裏路、近道、抜け道も良く知っています」「それは有り難い」大尉は今では誰も見せなくなった笑顔を浮かべると指揮所の奥に戻っていった。
この頃なると欠員の補充には手当てが終わって何とか銃が射てるようになった負傷兵を送り返ることが増え、完全に人数合わせの様相を呈していた。このため前線からは鉄血勤皇隊の生徒を戦闘に参加させる許可を求める声が殺到しており、生徒たちの中には弾薬を運んでそのまま戦死者の銃を取って戦闘に参加する者が続出しているが、第32軍司令部もあえてこれを禁じなくなっている。当然、松泉たちもその覚悟でいるが、武運拙く機会に恵まれないでいた。
「我が連隊はこれより喜屋武(きゃん)岬方面に転進する。水産鉄血勤皇隊には各中隊の先導役を命ずる」5月26日の日没後、連隊長は豪雨を頭から浴びている兵隊たちに「第32軍45000名が沖縄本島南部の喜屋武岬に移動する」との転進命令を下達した。牛島満軍司令官の移動命令の決済は22日に終わっており、戦闘と並行して準備を進めてきたのでこれは出発命令だった。松泉たちもここ数日、指揮所の幕僚に呼ばれて移動経路と壕に使える洞窟の所在地などを説明しており、重大な任務に生徒同士で引き締めた顔を見合わせて深くうなずいた。
首里地区には太平洋側のアメリカ軍がコニカルヒルと呼ぶ運玉森から陸軍の第96師団、東シナ海側からは海兵隊の第6師団が迫っている。ただし、第96師団は首里の丘陵地帯に向かう山道での死闘、第6師団はシュガーロ―フの攻防戦で戦力を消耗していて包囲は不完全だった。それでも海兵隊は無人になっている那覇の市街地を占領していた。
「ジャップが移動している。大軍だ」雨の止み間に飛び立った海軍の偵察機が、満月前夜の明るく照らし出された夜景の中に首里の南東方向の道を進む長い人影の列を発見した。
「大軍とはどの程度だ」想定外の情報に艦隊の総司令部と上陸部隊司令部は同様の確認をした。首里の地下壕陣地は極めて堅牢であり、アメリカ海軍が5月25日から開始した大規模な艦砲射撃を受けても機能が停止していないことは通信の交信状況などから推察して間違いない。弾薬や食料の備蓄も十分なはずだ。これを捨てることは戦略の常識から言って考えられず、関係する各級指揮官、司令部も全く想定していなかった。
「那覇市にはあえて奪還するだけの戦略的価値はないだろう」「小禄の海兵隊の増援じゃあないのか」「海兵隊はシュガーロ―フと首里に4個大隊を送っていますから可能性はあります」アメリカ軍では開戦初頭の昭和17年11月から翌年1月にニューギニアで安田義達大佐のブナ守備隊に苦戦して以来、太平洋の島々で対等以上の戦闘を繰り広げている海軍陸戦隊を同様の独立した軍種として海兵隊と呼称しているようだ。その大田実少将が指揮する日本海軍沖縄根拠地隊は小禄の司令部壕を拠点として那覇市の対岸である小禄地区を守備しているが、第32軍の要求に応じて主力を差し出したため残っているのは陸軍の工兵隊に当たる設営隊であり、小禄飛行場への上陸が予想される中、増援することは戦略的にもあり得ることだ。しかし、日本陸軍が首里の防衛よりも優先するかには疑問がある。
「高度を下げて確認します」「危険だ。見える範囲で良い」首里では今でも高射砲部隊が活発に射撃してくるため軍隊の司令部にしては珍しく危険の回避を指示した。
「日本軍は首里とは別に拠点となる陣地を準備しているのではないか」偵察機からの情報を聞かされた上陸部隊司令官・バックナー中将は意外な見解を示した。アメリカ軍は侵攻に先立って太平洋側から接近した空母から艦載機を飛ばして偵察を行ってきたが、沖縄本島全体の詳細な情報を入手していたとは言えない。また沖縄本島には洞窟が数多く点在しており、手を加えれば堅牢な地下陣地に改造できることはこれまでの戦闘で嫌と言うほど痛感してきた。
「兎に角、日本軍の部隊が移動している地区に艦砲射撃を加えて殲滅することだ。精確な座標を確認しろ」「偵察機から豪雨が降り出したため下方の視界がなくなり、低空の飛行は無理だと連絡が入りました」バックナー中将が指示を与えているところに水を差すような連絡が入った。再び激しい雨が叩き始めた司令官用天幕の中の空気が一気に険悪になって、濡れながら報告に来た若い参謀は気まずそうに入口で立ち尽くしていた。
この夜の艦砲射撃は地図上の座標だけで実施した盲射ちに過ぎず、日出後に開始した空襲も悪天候に阻まれて効果が上がらず、日本軍の移動を阻止することはできなかった。
翌27日には艦砲射撃で首里城が炎上するのを見届けた牛島中将以下の第32軍首脳が首里の地下要塞を捨て、徒歩で漫湖の付け根に当たる津嘉山の陣地に移動した。
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  1. 2019/09/19(木) 13:14:36|
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