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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

6月24日・初の原子力空母・エンタープライズが進水した。

1960年の明日6月24日に世界初の原子力航空母艦で8代目のエンタープライズが進水しました。
アメリカ海軍は当初、同型の原子力空母を6隻建造する計画でしたが、建造費が予算計上額を大幅に上回ってしまい、さらに原子力空母の実用化に関する経験が不足していたため、エンタープライズで検証試験を重ねる必要が生じたのです。
また原子力空母・エンタープライズは1968年1月19日にアメリカ海軍佐世保基地に寄港しましたが、核アレルギーが強い日本でもヒロシマと並ぶ被爆地の長崎県だったため激しい反対闘争が起こり、知名度が一気に上がってしまいました。その影響なのかミッドウェイ海戦を描いた戦争漫画でも飛行甲板が後部に斜めについている原子力空母のエンタープライズが帝国海軍の目標にされていました(多分、作者が写真を間違えた)。
実際のミッドウェイ海戦時のエンタープライズはヨークタウン級の2番艦ですが、ネーム・シップのヨークタウンはミッドウェイ海戦で大破した後に帝国海軍の潜水艦・伊168の雷撃を受けて沈没し、3番艦のホーネットは1942年10月の南太平洋沖海戦で大破して漂流し始めたためアメリカ海軍が魚雷6本と砲弾430発を命中させても撃沈できず、続いて発見した帝国海軍も砲弾24発と魚雷3本を命中させても火災を起こしただけで、最終的には巨大な艦体が燃え尽きるように沈没していきました。一方、エンタープライズはアルフレッド・セイヤー・マハン少将の門下生の対決だった第2次世界大戦における日米艦隊決戦の全てに出撃していながら無傷で、究極のラッキー・シップとして「ビッグE」の愛称で呼ばれていました。
そんな栄光の名前を受け継いだ原子力空母・エンタープライズですが就役後の実用試験を終えると1962年10月にはキューバ危機が発生し、カリブ海での海上封鎖に参加しました。続いてベトナム戦争で北爆に向かう攻撃機の母艦となり、この中で佐世保に寄港したため反対運動では反核と反戦の両方の団体がそれぞれの主張を叫ぶことになりました。さらに1988年から1989年の湾岸戦争、1998年から1999年のイラク侵攻にも参加していますから、戦歴と武功は就役期間が51年間と長い分だけ11年間だった先代の空母に引けを取ってはいません。ちなみにこちらのエンタープライズにも「ビッグE」の栄光の愛称が贈られています。
このエンタープライズは2012年12月1日に退役して現在はノーフォーク海軍基地で原子炉の無効化処理を受けていますが、最終的には艦体を切断しなければ取り外すことができないため艦体を留めて保管されるかについての結論は出ていません。
補足すればジェラルド・R・フォード級原子力空母のジョン・F・ケネディに続く3番艦もこの名前ですが(9代目)、まだ実戦の経験がなく「ビッグE」の愛称は受けていません。ついでに言えば24世紀にはエンタープライズの名を持つ宇宙艦も登場しますが、アメリカ海軍や宇宙軍の所属ではないはずです。尤も、イギリス海軍にも14隻のエンタープライズがありますからアメリカ海軍が商標登録している訳ではないようです。
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  1. 2019/09/23(月) 14:35:58|
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