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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1686

森田曹侯補士は安川3曹と松山3佐には本心・真情を語っている。通常、陸上自衛隊では陸士が中隊長と直接話す機会はあまりないのだが、松山3佐は廊下を歩く足音で森田曹侯補士を聞き分けて部屋の中から声をかけてくる。松山3佐がこちらに着任して最初に直面したのが森田を含む曹侯補士への不当人事の問題だった。その後、演習や災害派遣での活動を観察して森田曹侯補士が陸曹になるのに相応しい人材であることを確認した。だから松山3佐は中隊長室ではこの不当な人事に対抗するための策略を練っており、当事者と雑談になるのも当然だ。
「相変わらず普通外出の日帰りデートでは広橋さんも不満だろう。今度の災害派遣に行っている間に振られるんじゃあないのか」松山3佐にしては珍しく悪い冗談を口にした。森田曹侯補士としてはそんな心配は全くしていないのだが、あれから何度もアパートに通っていながら清く正しく美しい関係のままなのが自分でも不思議だった。勿論、昼に手料理を食べた後、夜の電車に乗るため旭川駅に向かうまでの時間に一線を超えることは可能なのだが、寝室を兼ねた居間に掛けてある「山鼻屯田兵開拓の図」が目に入ると背筋に電流が走り、「自衛官の心構え」が胸の中で響き始めてしまうのだ。それにしても甘美な愛情の確認行為=交合い(まぐあい)も不純異性交遊と言われると「規律の厳守」に反するような気がするから困る。
「中隊長、僕は照子の実家で働きながら即応予備自衛官になろうと思っています。父も賛成してくれました」森田曹侯補士の思いがけない申し出に松山3佐は腕組みをして顔をしかめた。松山3佐は中隊内の冬季オリンピック経験者に森田曹侯補士の才能を確認して「極めて有望」と言う評価を得ている。それを受けてこの人材を3等陸曹に昇任させる前に冬季戦技教育隊に入れた上でオリンピックの強化要員に参加させ、冬季オリンピックに出場させることで滋賀総監の勝手極まりない独断とそれを阻止できなかった北部方面隊の主要幹部の過ちを正そうと考えていた。ここで本人に辞退されてしまっては元も子もない。
「牧場ならノルディックの練習場には事欠きませんよ。それから父は狩猟免許を取って動物を射つ訓練と獲物の解体を体験しろと言っています。それなら射撃の技量も維持できるでしょう。本当の即応予備自衛官になれます」ここでは「屯田兵」と言う表現は避けたが、松山3佐も森田曹侯補士が真剣に方向転換について思索していることは理解した。ならば別の一手もある。
「君の気持ちが固まっているなら私としては連隊のオリンピック要員を通じてスキー連盟に民間人の強化要員として推薦できないか模索することにしよう。君が民間人になっていれば今回の不当人事を語っても内部告発にはならない。むしろ口封じする手段がないだけに痛撃になるかも知れないぞ」民間人のバイアスロンの選手と言う異色性で注目を浴び、オリンピック放送のインタビューで告発させるのも一興だ。どうやら松山3佐は本人も自覚がないまま森田曹侯補士を自分の正義感を実現するための道具に使おうとしているのかも知れない。
「父は陸上自衛官は人を射ち殺す仕事だから命を奪うことに躊躇していては務まらない。手を血で汚すことに慣れておけって言っていました」これは極論だが本質を突いている。新任の頃、守山で指導を受けたモリヤ中隊長は北キボールPKOで日本人の男女を拉致・強姦・殺害した現地の不良青年3人を射殺・刺殺したが、それを殺人罪と告発された公判で殺意を尋問されると「殺すべき相手が殺せる状態になったから自動的に殺しただけだ」と証言していた。
「流石は航空陸戦隊の森田3佐だな。モリヤ2佐の同期だけのことはある」松山3佐の言葉に森田曹侯補士は一瞬驚いた後、深くうなずいた。松山3佐は森田曹侯補士の不当人事に対応するに当たり、独自に身上調査を重ねてきたため父親の森田3佐についても詳しくなっている。今思えば守山の時には煙たかった訓練幹部の田島2尉も曹侯学生出身だった。すでに廃止されてしまった制度だが異色の人材を発掘・育成するのには意味があったようだ。
「つまり君は陸自のヨーク軍曹になると言う訳だ」「はい、その映画は父に見せられました」「私はモリヤ中隊長だ」やはり同期は同期、趣味も似ているらしい。
「しかし、残念なのは北海道には猿がいないことだな。内地のハンターたちは猿が人間に似ているからと言って殺すのを嫌がるんだ。自衛官が人を射つ練習で狩猟をするなら猿こそ格好の練習台じゃあないか」これもまた極論だが本質を突いている。松山3佐の思考がモリヤ2佐の影響を受けたのかは不明だが、確かに一般空曹侯補学生7期生の2人なら口を揃えて「猿が射てなくて人間が射てるか」「敵だと思って射て」と言いそうだ。
「ところで中隊長は屯田兵に詳しいですか」「お主が何で俺の研究材料を知っているんだ」雑談に区切りがついたところで森田曹侯補士が質問すると松山3佐は小さい目を剥いて訊き返してきた。やはり勉強家でなければ東京六大学へは入れないらしい。そこからは即席の屯田兵の歴史講座になったが、内容は陸上自衛官でも困るほど高度で難しかった。
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  1. 2019/09/27(金) 11:54:02|
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