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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1688

電話を切ってから照子は1人悩んでいた。テレビは点けっ放しだが意識は向かず見ていたはずのニュースが変わっていても気づかない。ただテレビの横の壁に掛けてある「山鼻屯田兵開拓の図」を見上げながら同時に湧き上げってくる複雑な思いを胸の中に並べていた、
「私は10歳も年上なのよ。彼から見ればお婆ちゃんじゃない。折角、抱かれても失望されたらどうしよう」そう言って照子は座卓の上に置いてある手鏡を取って覗いてみた。化粧を落とした顔の目尻には浮くではあるが笑いジワが記されている。照子は百面相を始めてみたが、20歳代に戻る表情は作れなかった。
「こんな私がどうして燃え上がっているのよ。彼に会いたくてどうしようもないなんて大人げない。恥を知りなさい」照子は鏡の中の自分を叱責すると座卓の上に伏せて置いた。照子は前夫が初体験だった。短大は女子限定ではなかったものの女学生が大半だったので札幌市内の大学との合同コンパにも誘われたが参加することはなかった。それも牧場の跡取り娘として育てられた責任感のようなものだったかも知れない。
「彼がウチの牧場で働きたいって言ったのは私と結婚するため・・・それとも自衛官としての夢を追求するため・・・でも牧場の仕事を見たら嫌になっちゃうかも知れない」普段は能天気な照子だが今日は妙に思考が後ろ向きになってしまう。こんな時はシャワーを浴びるに限る。照子は立ち上がるとテレビを消してタンスから下着を出し、壁に掛けたハンガーからパジャマを取ると台所の奥のトイレ、洗面台と兼用の浴室に向かった。
浴室で裸になると洗面台の鏡に腰から上の裸身が映る。20歳代の純潔だった頃とは違い乳頭は赤く色づき、乳房が垂れてきているように感じた。照子は首を振るとカーテンを引き、熱いシャワーを浴びた。玉の肌を磨くと言う古びた発想はない。単なる気分転換と清潔を保つためだ。
「貴方、そろそろ閉店だから30分後に外で待ってて」照子を閉店時間まで店内で立ち読みをしていた森田曹侯補士に声をかけた。店主である照子の友人は事情を察してレジの中で頭を下げ、森田曹侯補士も黙ってうなずいた。これからレジを閉めて売り上げを確認するのだが、最近はコンピューター化が進んでいるためレジの記録と残金との照合だけですむ。それと並行して万引き被害を確認しなければならないが、こちらは紛失した商品を発見すれば防犯カメラでの照会が必要になる。30分と言うのは掃除を含めた最短での帰宅を前提にした時間だ。
「灯りを消して。恥ずかしい」照子のアパートで手料理を食べ、交代でシャワーを浴びると照子は布団を敷いていた。布団はシングルだが冬用の厚手の毛布を2枚、掛け布団代わりに広げてある。森田曹侯補士は自分でも戸惑うほど緊張していて基本手順である消灯を忘れていたようだ。森田曹侯補士は立ち上がって蛍光灯の紐を3度引くと暗くなった部屋で布団に正座している照子の肩に手を掛けた。これまで遊びで抱いてきた女性たちはベッドに押し倒してそのまま裸にすれば良かったから、このような七面倒臭い段階を踏んだことはなかった。それでも手と口と舌で全身を愛撫する仕草も少しぎこちなかった。逞しい男根は黒光りするほど変色していて豊富な女性遍歴を感じさせるのだが照子にはそのような知識はない。ただ、ようやく身体も結ばれた幸せを噛み締めて涙をこぼしていた。
「ここよ。そんなに広くはないでしょう」翌日、照子はタクシーで森田曹侯補士を旭川市の郊外にある実家の牧場に案内した。
「やっぱり観光牧場じゃあないからこじんまりとしてるんだね」白樺の丸太で作った柵の手前に立った森田曹侯補士は周囲を見回しながら意外に適切な感想を口にした。実は前夫は観光牧場化も模索していて客寄せになる馬やラクダなどの飼育も検討していたのだが、餌は牛と共通にできても飼育小屋は別にしなければならず、その敷地が確保できないで実現しなかったのだ。
「ウチの先祖が手作業で原生林を切り開いて作った牧場だからこれで限界だったのよ。今でも周りに親戚が住んでいて一緒に牧場で働いているのよ」「ふーん、北海道は農家でもそんな家が多いよね」機械化が進んだとは言え北海道には農場と呼ぶ方が似合う広大な畑が多い。その農場は移住者の親族が協力して開拓した血と汗と涙が染み込んだ土地なので内地のように先祖代々で受け継いできただけの農地よりも愛着が強い。屯田兵として旭川に配属された照子の先祖の姿があの絵と重なって浮かんだ。
気がつくと照子が隣りに立って手を握っていた。昨夜共有した体温をもう一度手で確認しているようだ。そこで森田曹侯補士は肩に手をかけて引き寄せた。これで身体の弾力も確認できる。
「果てのない大空と 広い大地のその中で 何時の日か幸せを 自分の腕で掴むよう・・・」この風景の中では主題歌はこの松山千春の代表曲しか浮かばない。照子には雪うさぎとしてコメントをもらいたいところだが、デュエットしているので無理だった。
え・音無響子イメージ画像
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  1. 2019/09/29(日) 11:30:08|
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