FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1690

7月に入り松本はハワイ・ホノルルに帰宅した。現在、ニューヨークの日系人向け雑誌・ウィクリー・ジャパン編集部では松本の情報提供によってアメリカ社会ではあまり報じられていない中国や韓国の反日運動の過激化に関する取材=調査に励んでいるが、中東が専門の松本はシリアでのイスラム過激派の動きに神経をすり減らしていた。ブッシュ政権によってサダーム・フセイン大統領が殺害されたため、それまで圧倒的武力で押さえられていたイラク国内のイスラム過激派が野放しになり、続くアメリカ軍などの侵攻によって隣国・シリアに逃れて抗争に火が点いている。松本は編集部に集う特別職国家公務員たちの中では唯一の高卒だ。一般空曹侯補学生として入隊し、航空機整備員から空中輸送員=ロードマスターになったのだが、ゴラン高原のPKO部隊への物資輸送でヨルダンへ頻繁に行くようになってアラビア語に興味を持ち、名古屋市内の教室に通い始めると天賦の才があったのか極めて短時間で修得した。このため空曹としては異例の現地空港事務所に配置されていたところを視察に訪れた先々代の在ワシントン防衛駐在官・野中将補に見出されたのだ。
「その後、モリヤ2佐の娘には会うことがあるのか」松本は事実婚の妻・ユキの手料理を前に個人的に気になっていることを訊ねた。やはり曹侯学生の先輩で面識もあるモリヤ2佐の愛娘に危害が加わりかけた事件は常に意識の片隅に留まっている。
「志織には学校で会うわ。問題を起こした盧は退学になったから顔を見ることはないけれど。やはり他の韓国系の生徒は志織を憎悪しているみたい」「相変わらず怨の文化を外国にまで持ち込んでいるんだな」ここで会話に間を置いて日本式の作法で手を合わせ、箸を取って味噌汁をすすった。ユキの味噌汁は実家であるヒトヒラ家流だが西日本出身の松本の好みにも合っている。ただし、具の野菜がハワイの地元産なので色合いや食感が微妙におかしい。
「それでモリヤ2佐の娘に危険は及んでいないんだろうな」ユキの認識では志織の親の階級は母・佳織の「カーネル(1佐)」のはずだが松本にとっては先輩である父親の「ルテナン・カーネル(2佐)」になる。松本自身は野中将補に声をかけられて帰国すると部内の幹部候補生に合格して任官した直後に出国=失踪した。だから現在の3佐が最終階級だと自覚している。
「そこは事件の直後だから控えているわ。それでも根も葉もない悪い噂を流す嫌がらせは始めていたんだけど志織が黙らせてしまったのよ」意外な説明に不思議な熱帯魚の刺身を口に入れかけていた松本はそのまま放りこんで噛み締めた。アメリカ在住の日系人には殊更に波風を立てること避けようとする気風があり、組織的に敵対してくる韓国系の生徒に集団で対抗するとは考えにくい。そうなると志織が単独で立ち向かったことになる。
「7月4日のハイスクールのセレモニーで志織がエンブを披露したのよ」7月4日とは独立記念日のことでアメリカでは日付で言い表すことが一般的だ。エンブと言うのは「演武」をそのまま日本語で説明したようだ。
「モリヤ2佐の娘がやってるのは居合道だったよな。韓国系の生徒に向かって真剣を振り回したのか」「まさかァ。それじゃあ志織が逮捕されてしまうじゃない」松本にしては珍しい的外れな推理にユキは口を開けて苦笑した。松本は居合道に詳しい訳ではないが、それでも小牧基地にも居合道部があって航空祭で披露した型や試し切りの演武をを見たことがある。あの真剣で人を切る動作を自分に向けられればアメリカ人は怖れ慄くだろう。
「勿論、キル フォームのデモンストレーションも披露したけど・・・」そうやらユキは殺すの「キル」と斬るの「キル」を混同しているようだ。早い話が型も披露したのだ。
「その後に志織が警察の許可をもらって持ち歩いている短い剣でバンブー(竹)を切ってしまったのよ」志織としては祖父のノザキ中佐が頼んで預っている父の軍刀の真剣で青竹の一刀切りを披露したかったのだが、流石に許されなかった。そこで脇差しを小太刀の要領で振り、少し細めの竹を切ったのだ。それでも上に葉が繁った硬い青竹が斜めに切れて倒れた時は観衆の間で男性のどよめきと女性の悲鳴が起こった。
「みんなベースボールのバットみたいに長い剣を両手で振れば誰でも切れると思っていたけど、短い剣でバンブーが切れるなら、盧を気絶させた定規の代わりに使えば首が飛んでいたって震え上がったのよ」逆に言えば韓国系の生徒たちは自分が加害者になる可能性を共有していたのではないか。刀剣による斬首刑は日本だけでなく中国や朝鮮半島から中東までのアジア全域で広く行われているが、日本の切腹と介錯の作法は幕末の外国人殺害事件の処罰に立ち合った駐日公使たちが「残酷で美しい処刑」との感想を本国に送っているので、特別視されているのかも知れない。それに加えて第2次世界大戦でも日本陸軍が踏襲していたので尚更だ。
「流石はモリヤ夫婦の娘だな」松本はユキが注いだビールを飲み干すと手料理に下鼓を打った。
い・JunJiHyunイメージ画像
スポンサーサイト



  1. 2019/10/01(火) 12:39:13|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<10月3日・大阪商人を描いた作家・花登筺(こばこ)の命日 | ホーム | 10月1日・五所川原市と上山市の市制記念日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5663-c7423376
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)