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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1694

「ウチは通信幹部としては落第やったみたいや」私の官舎に帰宅した佳織は夕食の支度をしている私に妙にさばさばした表情で報告した。関西弁は久しぶりだが私としては大歓迎だ。
「どうした。校長閣下に怒られたのか」まさか陸将補の学校長が1等陸佐の副校長兼企画室長を叱責するとは思えないが、佳織の自己評価は第3者によるもののように感じる。
「ウチに移動の調整が入ったんよ。8月で着任して2年になるやろ」「校長閣下は去年の3月に交代したからナンバー2を移動させるタイミングとしては今度だろうな」組織の混乱を最小限に留めるためには上層部の交代を分散させる必要がある。自衛隊の幹部の移動が3月と8月が基本だから佳織は8月になる。東北地区太平洋域大地震の災害派遣の終結は8月一杯と言われているが、通信学校は補助的な人員派遣に留まっているから影響はなさそうだ。
「次は伊丹の通信群長じゃあなかったのか。最近は通信の1佐配置の部隊が増えているから佳織を外す余裕はないだろう」私としては通信学校の副校長で通信人脈に復帰すれば次は地元配置で伊丹駐屯地にある中部方面通信群長になると考えていた。すると佳織は無表情に首を振り、感情を交えずに裏事情の説明を始めた。
「幹部、陸曹に関係なく基通(=基地通信)派閥にはウチみたいな野戦通信出身者は入れへんのよ。だから方面通信群とは始めから縁がなかったんや」古巣の航空自衛隊では基地交換の有線とアンテナの下の無線まで基地業務群の通信隊が担当していたので私には同様の業務を担当する方面通信群の隷下の基地通信中隊派遣隊と佳織が所属していた師団の通信大隊の違いが良く判らない。流石に連隊などの本部管理中隊の通信班とは保有している器材や隊員の技量が違うことは想像できても同じ職種の専門的教育を受けている隊員をそこまで区別する必要性は全く理解できない。むしろ人事上の自縛・制約・阻害になっているのではないか。
「市ヶ谷の通信保全監査隊ならまた一緒に暮らせるじゃあないか。それに東千歳の第1電子隊や建軍の西方通信情報隊みたいな電子戦部隊ならアメリカでの経験が活かせそうな気がするがな」この2つの電子戦部隊が最近になって創設された長が1佐配置の通信部隊だ。航空自衛隊では電子戦の教科書は完全にアメリカ軍の直訳だったから陸上自衛隊も同様なら佳織のアメリカ留学と勤務の経験が役に立つはずだ。ところがここでも首を振った。
「あそこは通信でも防衛での経験が必要だからウチみたいな経歴では駄目なんよ」佳織のような経歴では駄目と言われてもそれは本人が希望した訳ではない。この比類なく優秀な人材を陸上自衛隊と言う大組織が使い切れていないことが判り、急に腹が立ってきた。
「そうなると久里浜の横滑りで通信教導隊はどうだ」「あそこは最新機材の普及教育が主任務だから一番駄目やね」この答えで佳織の自己評価の理由が得心できた。要するに最先端の機材の導入を推進することを組織の共通目標としている通信幹部の派閥の中で機材よりも隊員の技量向上に熱意を注ぐ佳織は異端者と断定されたようだ。これでは夫婦揃って本来の職種からはみ出したことになってしまう。珍しく私の口の中に苦虫が大量に入ってきた。
「そんな顔せんといて。調整が入った次の配属先は中々面白そうなんやもん」会話の展開から言えばこれは私の失意と立腹を取り為すために佳織が無理にやる気を口にしているようだが、顔を見ると必ずしも嘘ではなさそうだ。
「香川県の地方協力本部長なんやで。貴方も住んだことあるやろ」「あれは20年前になるかな。ワシたちの婚姻届を出したのも善通寺の市役所だったよな」とりあえず2人の思い出を語ったが、美恵子との離婚届けを出したのも善通寺市役所だった。
「普通、地方協力本部長は出身地の人間が着任するんだろう。どうして兵庫地本じゃあないんだ」「香川も関西弁だからエエんやろ。私としては兵庫の学校にはエエ思い出がないから対岸の方が安心なんよ」私にとって香川県が美恵子との離婚劇の舞台なのと同様に佳織には兵庫県が中学時代の苦悩の現場なのだ。考えてみれば私が愛して止まない沖縄も淳之介とあかりと恵祥が住む土地であるのと同時に梢と引き裂かれ、美恵子が帰ってきてしまった場所でもある。
「それじゃあワシも15普連の副連隊長に転属しよう。佳織の官舎は高松市内の特借(特別借り上げ住宅)だろうから週末夫婦できるじゃあないか」「14旅団の法務官じゃあないの」佳織が意外そうな顔をしたが、私も50歳を過ぎて定年退官まで片手になっている。インシュリンの摂取によって体力の衰えは幾分遅くなったが加齢と合わせて確実に進んでいる。普通科の幹部として勤務できるのはこの機会を逃せばもうないはずだ。それで務まらなければ2佐配置の第14旅団司令部法務官に横滑りする算段だ。
「14旅団は改編の時に自治体が誘致合戦を演じたみたいだけど、今は一件落着してるから貴方が活躍する場面は終わってるわね」やはり佳織も予備知識の収集を始めているようだ。
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  1. 2019/10/05(土) 12:23:05|
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