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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1697

前期の試験が終わって早めに夏休みに入ると、石巻でも単位取得を目的にした都市部の大学生たちが大挙してボランティアに押し寄せてきた。大震災から4カ月を過ぎて仙台市を中心とする宮城県内では関係者の懸命な努力によって上下水道や郵便、流通などは復旧が急速に進んでいるが、電力だけは火力発電所が破壊され、公的専門機関の点検が完了したにも関わらず缶内閣が原子力発電所の再稼働を認めないため停電が続いている。したがって他の電力会社から送電される電力は公共機能が集約されている仙台市に優先的に供給されており、ボランティアたちも仙台市内に宿泊して運転が再開した列車やバスなどを利用して石巻に通ってくる。
「さァ、グラ隊長が教えている通り、作業の前に準備運動をしよう」「ラジオ体操第1と第2で良いんだよな」大学生たちは駅前で市役所の担当者が受付をしてマイクロバスでその日の作業現場に送られてくる。大学生たちは案内した担当者の作業の説明と注意が終わると携帯電話を覗きながら自発的に体操隊形を作った。
「ラジオ体操、用意。1、2、3、4、2、2、3、4・・・」大学生たちの中でも運動部らしく筋肉質な男子が慣れた口調でラジオ体操を指揮し始めた。担当者はこの光景に見覚えがあった。号令の掛け方もその記憶に一致している。最近の大学生は体育の講義や運動部でもラジオ体操を準備運動にしないはずだが、ここ石巻では先ほど口にしていた「グラ隊長」と言う人物が作業前に毎回実施していたのだ。
「さっき見ていた画像は何ですか」担当者が体操を終えた大学生に訊ねるとズボンのポケットから携帯電話を取り出して動画を再生してくれた。
「これは元自衛隊の小椋さんですね」「はい、春にボランティアに来た同級生が復旧作業の指導を受けたんです。それがとても勉強になったからって次にボランティアに行く仲間たちに動画を送信しているんです」「それが『グラ隊長のボランテイア講座』としてネットで広がっているからウチに限らず今来てる大学生はグラ隊長の教え子ばかりですよ」そう言って別の大学生も携帯電話の動画リストに登録してある「グラ隊長のボランティア講座」と言う題名を見せた。確かに小椋元3佐が指揮した1週間の復旧作業は市役所の担当者としても適切な作業分担やきめ細かい安全管理など学ぶべき点が多く、その後の作業にも踏襲している。
「その動画を私にも送信してもらえませんか。実は私も『グラ隊長のボランティア講座』の聴講生だったんですよ」担当者が仲間と一緒に軍手をはめながら作業を始める家に入って行く大学生に声をかけると片手を上げて了解した。この淡々と作業に向かう姿勢も小椋氏が背中で語っていた「グラ隊長のボランティア講座」の教示だった。
「一緒に写メを撮らせて下さい」森田曹侯補士の周りでは都会からの女性ボランティアたちが持ち前の軽さを発揮して足を引っ張っていた。森田曹侯補士は調理が終わって給食が始まれば鍋や釜の横で列を作っている被災者に配膳を始めることになる。ところがこの避難所に配置されている女性ボランティアたちは容姿端麗、身体堅固な森田曹侯補士を見つけると列から外れて取り囲み、携帯電話で写真を撮り始めたのだ。
「先ず私が撮るから次は誰か撮ってよ」森田曹侯補士のあからさまな嫌悪感などは気にも止めずに女性ボランティアたちはハシャギ回っている。現場指揮官の陸曹は都市部から来ているボランティアの機嫌を損ねることに躊躇して注意を口の中に溜めている。北海道の田舎でも若い世代は出会った場面を撮影してメールで送って友人と感動を共有する習慣が普及しつつあるが、都会ではそれが日常の生活作法になっているらしい。それでも最初に許可を求めるところが都会の若者の礼儀なのかも知れない。
「配食の邪魔になりますからもう良いですか」森田曹侯補士は22回目の撮影が終わったところで声をかけた。2回目は最初に写真を撮った女性が隣りに立ち、ツーショットになっていた。それを見て他の女性たちも同じことを要求しそうな雰囲気だったのだ。
「だったら写メを送りますから番号を教えて下さい」それでも都会の女性はメゲルことなく攻勢を堅持している。この年代から言えば大学生のようだが、父や職場の先輩からは陸曹や陸士が女子大生にもてた話は聞いたことがない。ところが時代は変わっているらしい。
「私、自衛隊が大好きで色々勉強しています。だから教えて下さい」森田曹侯補士は自分を注視している女性の目に火が点ったのを感じた。これは危険信号だ。
「森田さんって言うんでしょう。名札に書いてあるから。第3普通科連隊って北海道の名寄にある冬戦教の精鋭部隊じゃあないですか」「自分には婚約者がいますから無理です」ここは秘密兵器で撃退したが先走ったような気もする。すると女性は同世代の森田曹侯補士に「婚約者がいる」と言われたことを「断られた」と理解したようで新たな笑顔で別の陸士に声をかけた。
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  1. 2019/10/08(火) 14:37:06|
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