FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1699

8月、佳織との週末同居生活が終わってしまった。佳織がハワイのアメリカ太平洋陸軍司令部から久里浜の通信学校副校長に転属してからは別々に官舎を借りていたので家具や寝具、食器などは2揃いあり、特に準備の必要はないが、毎週交互にそれぞれの官舎に帰宅する不思議で楽しい夫婦生活に幕を下ろすことは残念で仕方ない。今年の付日の8月1日は月曜日なので休暇をもらい、金曜日の夜から久里浜の官舎に泊まって夫婦共同作業で引っ越しの準備をした。
「貴方の茶碗セットは用意しておくから伊丹に来た時は瀬戸大橋を渡ってくるんやで」「ワシとしては飛行機で直行するつもりだけどな」必要最小限とは言え2人で生活できる食器類を新聞紙で包みながら佳織が口にした言葉に私は腹案を答えた。結婚前は佳織が守山だったので善通寺から瀬戸大橋を渡って伊丹で合流すれば日帰りでも間に合った。ところが東京と香川発では京都や大阪辺りが時間上の中間地点になり、ホテル代が必要になる。ならば交通費がかかっても互いの官舎を訪問し合う方が安上がりだ。
「それでも月1回は無理かな。ウチも土日の仕事が多いみたいやし、いくら飛行機大好きの貴方でも金曜日の夜の便で来て、日曜日の夜の便で帰るのはしんどいやろ」「別の裁判が入らなければ何とかなりそうだが、佳織の予定と合わなければ勿体ないな」私としては佳織に会うのは精神の栄養補給なので疲労回復になるのだが肉体の衰えは別問題なのは間違いない。
「土日は講演会やPTAの会合が多いんやて。地本としては『女の本部長は初めて』やって宣伝しまくってるみたいやから当分は大忙しだわ」確かにニュースのネタにとぼしい四国の香川県では「美人本部長」と言うだけで宣伝効果が抜群なはずだ。おまけにアメリカ出身の帰国子女、アメリカの大学と陸軍指揮幕僚大学院を卒業し、さらにアメリカ軍の災害派遣・トモダチ作戦にも参加していたとなるとスーパースター扱いされそうだ。
「それじゃあ今年の夏はハワイに帰省できそうもないな」これまで私と佳織は次級者だったため長の休暇を外して取得してきたが、私は裁判が夏期休暇明けに再開するため東京を離れることはできなかった。それでも佳織は志織の夏休み中にハワイへ帰省するようにしていたのだが、今回は夏休み期間中が募集活動の最盛期なので本部長も長期休暇を取ることは無理だろう。
「今年は志織を来日させて東京と香川と念願の石垣島へ行かせてやろうと思ってるんや」「石垣島は淳之介が1人で暮らしてるんだぞ。あのブラコン娘が大丈夫か」志織のブラザー・コンプレックスは淳之介が結婚して少しは落ち着いているようだが、海軍志望の理由は「淳之介の航海の安全を守るため」と言っているそうなので完治はしていないらしい。血は半分しかつながっていないとは言え兄と妹として育った2人が危ないことをするはずはないと信じながらも、淳之介が幼い頃からの志織の希望を叶えてファースト・キスを奪っても不思議はない。
「淳之介は夏休みの観光シーズン中は休暇が取れないから那覇の安里家と言う訳にはいかへんやろ。そんなに心配やったら貴方がついて行ったらエエねん」私は尖閣諸島周辺海域での中国漁船衝突事件の時、民政党政権が司法に圧力をかけている実態を調査するため石垣島に出張し、淳之介のアパートに泊めてもらったことがある。あの頃はあかりも一緒だったので若い夫婦の生活感が部屋中に漂っていた。あれから男1人暮らしになって久しいアパートが今はどうなっているのか。妙に自衛隊式の点検に行ってみたくなってくる。
「淳之介は子供の頃は善通寺で暮らしてたんやけん、こっちに呼んだったら懐かしいんとちゃうか」次第に佳織の兵庫式の関西弁が品のよろしくない浪速弁になって来たような気がする。これでは大阪のオカンと話しているみたいだ。香川地方協力本部と電話で話している間に南大阪出身の広報官の方言が伝染したのではないだろうか。電話で志織の日本語力を維持しているのは佳織の担当だが、この調子では関西弁・浪速弁化するのも時間の問題かも知れない。
「教頭先生、長いこと贔屓にして下さって有り難うございました」夕食は鍋釜も片づけたため佳織が行きつけにしていた小料理屋で取った。このママさんとは私が天皇の資質を否定したことで怒りを買って仲たがいしていたが、お別れの挨拶をしておく必要はある。
「今度は瀬戸内の魚になりますね」「娘の頃には食べ慣れてたけど今はママさんの味に親しんできた舌に合うか判らないわ」ママさんはビールを注ぎながら食の話題をふってきた。確かに善通寺の頃は瀬戸内の近海魚だったような気がする。ただし、前任地の防府も瀬戸内海沿岸であり、沖縄出身の美恵子は魚料理をあまり好まなかったため特に印象に残っていない。
「旦那さんは寂しくなるでしょうけど浮気しちゃあ駄目よ」私が浮気はできないことを知らないママさんは冗談めかして体力充実・精力絶倫の自衛官向きの注意を与えた。
「貴方、梢さんに会社を辞めてもらって呼びましょうよ」すると唐突に佳織が「アホな」ことを口走った。ママさんには「理解不能の夫婦」と言う強烈な印象が置き土産になったようだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/10/10(木) 12:09:56|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<10月10日・帝国陸軍を本土決戦に駆り立てた宮崎周一中将の命日 | ホーム | 10月10日・双十節=中華民国国慶節>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5681-80970612
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)