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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1700

8月に入ると缶内閣は完全に死に体の様相を呈していた。自民党政権であれば与党としての責任において大規模災害の被害復興に目途がつくまで党内抗争は先延ばしにしたはずだが、民政党政権では東北地区太平洋沖大地震から2カ月が経過した5月19日には参議院議長が保守系の新聞に退職勧告文を寄稿し、その後も民政党の若手議員が自民党に不信任案の提出を持ち掛け、賛成可決させるべく党内の同調者を集めていた。
「缶首相は意外に根性があるな。人間サンドバッグにされても平気の平左だ」「本当ですよ。党員は代表の部下みたいなものでしょう。部下にあそこまであからさまに退陣を迫られても居座り続けるなんて自分には真似ができません」職場のテレビの前に陣取り、朝のニュースを見ながら曹長と1曹は庶民的な感想を語り合っている。
「それでも自衛隊の最高指揮官ですから災害派遣の目途がつくまで混乱は避けたいですよね」2人の時事放談を聴きながら女性事務官が自分の席でテレビを見ている私にコーヒーを出してくれた。缶政権が自民党のように実務担当者=官僚に全面委任する態度であれば途中で交代しても影響は小さいが、生半可な知識で些末事にまでくちばしを突っ込んでくる上、記者会見での質問に過敏になっているためマスコミの悪意に基づく粗探しを真に受けて現場の事情を無視した叱責と命令を加えてくる。私は阪神大震災でも連立与党だった社会党の妨害にはかなり悩まされ、憤ったがここまで足を引っ張られることはなかった。
「今回は自衛隊よりも東京電力の方が被害を受けているから、あちらは早期交代を願っているんじゃあないかな」「それは津波の被害じゃあなくて対策を妨害されてる話ですね」女性事務官は私のニュース解説を聴き慣れているので言いたいことはそのまま理解する。同様の陸曹2人組も何かを期待して振り返ったので私も時事放談に参加せざるを得なくなった。
「結局、今回の政権交代はマスコミの世論誘導で実現したから民政党は言いなりになるしかないんですね」先ず1曹が私の持論を代弁した。
「おまけに民政党内では尾沢が利権を握って、千石が政策を動かしているから缶内閣は2人が操る人形劇みたいなもんですな」次は曹長が請け売った。かつての自衛隊では幹部による政治的な指導教育や与党議員の選挙への協力が「政治への不関与」に違反すると批判されていたが、2人は私の私的見解にかなり染まっているのかも知れない。ただし、私と同様の見解は保守系の言論人たちも雑誌や新聞、テレビなどで強弁しているので政治問題化は無理だろう。
「その尾沢が選挙を取り仕切りながら政治資金で若手議員を手懐けているから、缶首相などは風で飛びかけているボロ看板みたいなもんだ」やはり私の発言が一番危ない。呆れたように微笑みながら聞き役に回っている女性事務官が最も賢明なようだ。
「缶首相は何が欲しくて首相の座にしがみついているんですかね。どう考えても針の筵(むしろ)でしょう」これも私の影響なのか30歳代の1曹は「針の筵」と言う古典的な用語を使った。考えてみれば曹侯学生の後輩なので頭のレベルに大差がないのは当然だ。
「缶首相は山口県出身だろう。山口県人の政治権力への執念は他県人には遠く及ばないほど凄まじいんだよ。関ヶ原では西軍の総大将として敗北したんだから藩主と一族は腹を切って国は改易されるのが当然なのに東照神君・家康公の温情で今の山口県の領土の大名として生き残ることができた。それを逆恨みして260年後に倒幕を果たして手に入れた明治の国家も自分たちの愚かさのため78年で滅ぼした。本来ならこの国を滅ぼした元凶として明治の会津のように冷遇されても当然なのに岸信介の登場で再び政治権力を握った。後は現在まで続く国家の私物化の歴史を作っているんだよ」朝のテレビを見ながらの雑談には不似合いな熱弁を揮ってしまった。やはり私は奥羽越列藩同盟として苦痰を舐めた東北人として防府で見聞した山口県人の反省のない傲慢な言動が許せないのだ。
「確かに山口県は何人も総理大臣を出していますからね」「缶首相で10人目くらいでしょう」曹長の知識は近いが当たっていない。山口県宇部市で生まれ育った缶首相は9人目だが、就任時に「内閣府の基準では戦後は選挙区を出身地にするので該当しない」と山口県知事が否定したと言う現地情報は田沼元准尉から聞いている。
「明治から今までに山口県出身者が総理大臣だった期間は30パーセント、3分の1になるんだ。缶首相はその記録を延ばすことに使命感を抱いているんじゃあないか」最後は私の冗談で朝礼の時間になった。電話番に残る女性事務官が最後にドアを出る私に声をかけてきた。
「次の首相は野畑さんになりますかね。あの人は第1空挺団の曹長の息子さんだから自衛隊にも理解があるんじゃあないかって思うんです」「選挙区は千葉だったよね」私の返事を聞いて女性事務官は小声で「はい」と答えた。どうやら次の研究材料が提供されてしまったようだ。
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  1. 2019/10/11(金) 13:35:45|
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