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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1701

志織は私の夏期休暇に合わせて8月上旬に来日した。成田国際空港に到着して私の官舎に2泊、羽田空港から高松空港へ飛んで佳織のマンションに3泊、そこから関西国際空港へ移動して石垣空港へ飛び、淳之介のアパートに2泊、帰りは関西国際空港で乗り換えてハワイへ直行する強行日程だ。私としてはハイスクールでのレイプ未遂事件が心に傷を負わせていないかを心配しながら成田空港で出迎えた。
ハワイからの便が到着して日本人の観光客の集団が姿を見せた。私は独身時代、夏期休暇で愛知に強制規制させられると沖縄以上の蒸し暑さに参った経験があるので、「この人たちはハワイへ避暑に行っているのか」と思いながら眺めていた。
「ダディ、ただいま」するとロビーのざわめきの中に志織の声が響いた。声がした方向を探すと平均年齢が高い団体客の中で志織がいつも通りに色気抜きの笑顔で手を振っている。服装もTシャツとGパンにスニーカーと完全な普段着で旅慣れているとは言え周囲からは浮いている。
「おかえり。元気そうだな」私が自衛隊式の大声で返事をすると志織は両手にカバンを提げたまま駆け寄り、足元に落とすと胸に飛び込んできた。佳織との習慣で危なく口づけしそうになったが愛娘のファースト・キスを奪う訳にはいかない。取り敢えず抱き締めて娘の身長と髪の匂い、何よりも相変らず弾力不足の身体の感触を確かめた。
それにしても今日は電車で来たので私の服装は作務衣に雪駄履きだ。頭も剃っているから坊主以外の何者でもない。それが若い娘と抱擁し合っているのは極めて拙い。志織が金髪のアメリカ娘なら西洋風の挨拶に見えるかも知れないが、正真正銘の日本人だから成田空港と言う究極の国際社会で生臭坊主・色坊主・エロ坊主・スケベ坊主を演じてしまったことになる。
「また、頼まれた買い出しがあるんだろう」鉄道が大好きな私は成田空港からは京成電鉄のスカイライナーだ。本当は今回、志織が石垣島へ向かう便に乗る予定の関西国際空港への連絡線・南海鉄道のラピートにも乗ってみたいのだが香川県へついて行くことができないので諦めるしかない。それでも何時かはあの鉄人28号のような車両に会ってみたいものだ。
「うん、居合道と茶道の先生からメモを渡されてるよ」「茶道に消耗品があるのは判るが、居合道は何だ。まさか真剣を買ってこいなんて言われてないだろうな」茶道では手前で口にする抹茶や和菓子は言うまでもなく所作で使う懐紙や手前で点てる間に摩耗する茶筅も消耗品だ。さらに新たな弟子に与える袱紗(ふくさ)や足袋なども輸入品よりも日本で買った方が安価で品質も間違いない。日本のように茶道具や和装を買える店が少ないハワイでは先生が代理店のような役割を果たしているので志織は来日するたびに買い付けを依頼されている。一方、居合道の方は門外漢と言うこともあり想像ができない。まさか「試し斬りの青竹を買ってこい」とは言わないだろう。私が黙って考え込んでいると隣りの席から志織が説明を始めた。
「本当は真剣を振ることが許されるのは5段くらいからなんだ。だけどウチにはダディの軍刀があるから先生が特別に許してくれたのよ」それがあの事件で志織の純潔を護ったのだから刀匠になった高校の先輩に贈られた軍刀も我が家の守り刀としての役目を果たしたことになる。
「今はグランド・ダディが護身用に脇差しを買ってきて先生に練習を頼んだから、私は2段の癖に小太刀の技まで身につけてしまったわ」実は私も短剣道は5段なのだが、これは武術としての小太刀よりも海軍士官の短剣での技法なので居合道の方が本式なような気がする。それにしても女子高生の孫娘に護身用に真剣を与えるとは義父・ノザキ中佐もかなり過激な人だ。
「それで居合道の先生から頼まれたのが柄巻と下緒(さげお)、それから帯なの。茶道道具の専門店には連れて行ってもらったけど、居合道の店は知ってるの」唐突に説明されたがやはり私には理解できない。確かに私の武道の段位は合計17段だが、銃剣道と短剣道の5段で10段になり、残りは日本拳法が3段、柔道が2段、少林寺拳法と剣道、相撲が初段なので高段者とは言い難い。おまけに最近は武道と疎遠になっているから東京の武道用具専門店には行ったこともない。
「柄巻は柄に巻いてある滑り止めの紐のことよ。本当は中に和紙を巻くんだけど、これは障子紙で良いみたい。下緒は鞘に付けてある紐で居合道の所作では使うから結構傷んでしまうの。帯は腰に巻いて刀を差すの。道衣の袴の紐に差したら下がってしまうじゃない」志織の説明で新たな知識が身についた。沖縄時代、刀の研ぎ師だった工作小隊の曹長に刀剣に関する知識を誉められたが、ここまで踏み込んではいなかった。
結局、日暮里の駅の公衆電話のタウン・ページで武道用具専門店を探し、茶道具店に近い店で購入した。ついでに居合道の道場を教えてもらって見学したが、志織は特に感激はしなかった。やはり海外で武術を広めようと言う指導者は生半可な技量と覚悟ではないようだ。考えてみれば那覇基地の少林寺拳法部も沖縄空手の本場での普及=侵略の任務を負っていたようだ。
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  1. 2019/10/12(土) 14:05:17|
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