FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

400勝298敗の大投手・金慶弘=金田正一さんの逝去を悼む。

10月6日に400勝、298敗、奪三振4490、与四球1808、登板5526回超などの前後人未踏の金字塔を打ち立てた日本名・金田正一さん=韓国名・金慶弘さんが亡くなりました。86歳でした。
野僧の世代はアニメ「巨人の星」を見ていないと学校での会話に加わることができないので野球嫌いだったにも関わらず毎週欠かさずテレビの前に座る羽目になった上、同級生の間で漫画の原作の回し読みまで始まったため金田さんを含めた読売ジャイアンツの選手から監督まで詳しくなってしまいました。その後、格闘系の梶原作品の大部分が創作・誇張なのを知り、「巨人の星」や金田さんに憧れて野球を始めた少年・勝三四郎が主人公の「おれとカネやん」などで取り上げられている金田さんの偉業や人物像も同様なのかと思っていましたがそれは数字で証明されており、おまけに愛知県稲沢市出身と言うことで人物像についても郷土の英雄的に耳にすることがありました。
金田さんは享栄商業高校に在学中、野球部の専用グランドがなかったため国鉄の八事球場を借りて練習をしていて、その豪速球を見た管理人の国鉄職員が国鉄スワローズに連絡してスカウトされたそうです。このため高校は中退することになり、金田さんはカラオケで「仰げば尊し」を熱唱しては他の選手たちに「お前たちは卒業したんだよな」と呟いていたそうです。なお、金田さんの3人の弟は全員がプロ野球選手になっていますが、実績を残したのは投手として128勝を上げた末弟の留広さん(昨年の10月2日に亡くなった)だけで、間の2人は金田さんの成績に見合う俸給を支払うと他の選手との格差が大きくなり過ぎるため差額分として入団させたと言われています。
金田さんの豪速球は球速を測定する機械がなかったため公式な記録は残っていませんが、戦前の読売でもプレイして伝説の沢村栄治投手や須田博=ビクトル・スタルヒン投手を知っている世代の人たちも「勝るとも劣らない」と評していて、長野球場での巡業試合では阪神の打者が「球が早過ぎる。距離が近いのではないか」と申し立てたため審判と一緒に巻尺で測ったこともあったそうです。
また豪速球と同様の球筋から急速に大きく変化するカーブも有名ですが、「巨人の星」では引退会見でアンダーシャツを腕まくりして「カーブの投げ過ぎで左腕が曲がってしまった」と語る場面を誇張して描いていました。
さらに打者としても登板中の投手としては最多の本塁打36本の記録を維持していて、代打に起用されて2本の本塁打を放っています。
野僧は金田さんの記録が凄いのは国鉄スワローズでの14年間に353勝を上げたことだと考えています。当時の国鉄スワローズは貧打・拙守の弱小球団だったので1点を奪われれば逆転することが難しく、下手に打たせれば後逸する可能性がありました。そんな国鉄でこれだけの成績を上げたのですからマスコミが「元巨人軍」と紹介し、読売に移籍してからの映像ばかりを使うのは少し違うような気がします。白黒だった国鉄時代が不具合ならむしろ韓国系企業のロッテの監督時代でしょう。冥福を祈ります。
スポンサーサイト



  1. 2019/10/14(月) 12:54:50|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1704 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1703>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5690-03289312
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)