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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1704

前回、佳織が香川県に来た時は志織を身籠っていたので長い参道と石段が続く金毘羅宮には来ていない。このため本殿までの参拝は初めてだったが予想以上に長く真夏には少し辛かった。
「意外に遠かったね」「ううん、このくらい毎日のトレーニング・コースだよ」佳織は志織が本格的な運動に励んでいることは知らなかった。志織はハイスクールではクラブ活動に参加しておらず居合道の道場に通って修行に励んでいる。7月4日に居合道の技を披露したのは教師や生徒に修行の成果をアピールするためでもあった。
「ジョギングを始めたのね。ダイエットを気にするようになったのかな」佳織の母親としての推理に志織は少し怒ったような顔をして首を振った。
「グラダディ(祖父)の指導で始めたんだよ。私は海軍に入ったら軍艦に乗り組むつもりだったけどグラダディはパイロットになれって言うんだもん。WAVESでは艦載戦闘機は無理だけど対潜哨戒機やヘリコプターのパイロットにはなれるって一生懸命なの」これは意外な展開だ。ノザキ中佐は志織の海軍志望を聞いて熱心に空軍を勧めていたが、「淳之介の航海の安全を守りたい」と言う理由を聞いて諦めたはずだ。ところが今度はパイロットと言う職務で後継者にすることを希望し始めたらしい。2人の息子=佳織の義弟は空軍の戦闘機パイロットになったが極秘任務の事故で殉職している。それでも孫娘にまでその夢を賭けるほど空の魅力は強いようだ。考えてみれば元航空自衛官の夫は陸上自衛官になっている今でも空を見上げる癖が抜けていない。般若心経を愛誦しているのは「空」の教えだからではないか。
「だけど有酸素運動をやり過ぎるとGへの耐久力が弱くなるから心肺機能を強化するためにしろって。だから坂を登るだけで距離は長くないの。エアロビとサーキット・トレーニングが中心ね」志織の補足説明で最近、帰省すると家の中にダンベルやバーベルが置いてあるようになった理由が判った。ノザキ中佐としては志織を危険が伴う軍のパイロットにすることを佳織が知れば反対するのではないかと懸念して黙っていたのかも知れない。
金毘羅宮は元来、松尾寺の鎮守社だったので般若心経を2人で合唱してから合掌して頭を下げると佳織は自衛隊式、志織はアメリカ軍式に回れ右した(自衛隊式の方が1動作多い)。
「志織はアノフィサー・アンダ・ジェントルマン(邦題・愛と青春の旅立ち)って映画を見たことがあるの」拝殿の前の長い石段を下りながら佳織は29年前の古典映画の話を始めた。
「うん、ダディがビデオを持っていて、私たちが寝てからマミィと見てたじゃない。だから淳ちゃんと留守番していて見たことがあるよ」衝撃的な告白だがここは素通りする。
「あの英語の舞台は海軍の予備士官パイロット・コースだけどケーシー・シーガーって言う女子の候補生がサーキット・トレーニングで苦労するのを見たんでしょう。どう思った」「だから私も筋力トレーニングに励んでいるわ。グラダディに鉄棒を買ってもらって懸垂は20回くらい平気だよ」そう言われて佳織は半袖のTシャツから覗いている志織の腕を見たが、目立つほど筋肉質ではないものの肩の三角筋が盛り上がっているのは判った。
「でもあまり筋肉質になると胸が固くなって膨らまなくなっちゃうよ。ビキニが着られないとワイキキのスターになれないじゃない」これはノザキ中佐がパイロットとしての夢を孫に託したのと同様に自分がスタイル抜群だっただけに娘にも女性としての魅力を身につけさせたいと言う佳織の願望だった。とは言え佳織もワイキキでビキニ姿を披露したことはない。ビキニを買って夫に見せたのはハワイの太平洋軍司令部の連絡官だった40歳を過ぎてからだ。
「皮下脂肪で体重が増えると運動能力が落ちるからパイロット・コースを終えるまでは無理だね。今は予備士官に合格するために頭と体を鍛えているの」「勉強にも励んでいるなら安心よ」佳織の返事を聞いて志織は難しい顔をした。
「でもグラダディは視力が落ちるとパイロットとしては致命的だからって色々厳しいの。スマートホーンは家では禁止(日本ではまだ高機能なガラパゴス携帯だったが)、パソコンを見る時にはブルーライト・カットの眼鏡を掛けろって。夜更かしも禁止だから短時間で予習復習して集中力が鍛えられてるわ」これではパイロットを育成するための虎の穴のようだ。ただし、佳織は梶原一騎原作のスポ魂アニメ「タイガー・マスク」は見たことがない。
「私が3年になったらグラダディが友だちの飛行機を借りて上空で私に操縦の練習をさせるって。アイハブ、ユーハブって言うのが楽しみ」これは複座式の航空機でパイロットが操縦を交代する時の「ユー・ハブ・コントロール(操縦を譲る)」「アイ・ハブ・コントロール(操縦を受ける)」を省略した航空用語だ。アメリカの航空関係法令は知らないが、熟練パイロットの監督下とは言え無免許の高校生に上空で操縦させることが許されるのか。やはり当局の目が届かない空の上ではパイロットが「アイ・アム・ロウ(私が法律だ)」なのだろう。
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  1. 2019/10/15(火) 12:41:10|
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