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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1707

「ダディ、これから帰ります」志織は関西国際空港での出国手続きが終わり、搭乗待ちのロビーから電話してきた。私は自炊の夕食を終えて職場で開設している法律相談室に届いた隊員からの私的な相談を熟読してパソコンで回答を作成しているところだった。
「高松から那覇への直行便があったんだってな。遠回りさせてしまって悪かったな」志織が石垣島に移動した夜、私は佳織から那覇への直行便を見落としていたことを指摘する電話を受けているので先ずは素直に謝った。すると志織は坊主の父親を感激するようなことを答えた。
「ううん、伊丹のグラマミィ(祖母)のお墓にお参りすることができたから好かったよ」石垣島へ向かう飛行機は夕方にならない時間だったから高松をかなり早い時間に出発したようだ。電話で佳織も「今日は勤務だった」と言っていたので出勤と一緒だったのかも知れない。
「ダディと淳ちゃんが暮らしていた善通寺に行ったよ。立派なお寺があってビックリしちゃった」「あそこは弘法さんが生まれた街なんだ。弘法大師って判るか」「空海のことだね」回答としては正解だが日本佛教界のスーパースターを呼び捨てにするのは失礼だ。
「せめて空海さんと言いなさい」「それなら真魚(まお)くんだね」私が指摘すると志織は善通寺で仕入れたらしい弘法大師の幼名で反論してきた。やはりこの母子は簡単にはいかない。
「四国で淳ちゃんには金毘羅さんの航海安全と善通寺の厄除けのお守りを買っていったよ。善通寺には勉強のお守りもあったから恵祥くんの分もね」どうやら志織も叔母としての自覚が芽生えてきたようだ。それにしても若くてシッカリ者の叔母さんだ。
「四国って素敵な場所だね。マミィの車で走ってると竹のハットを被って白いベストを着た巡礼さんが歩いてたんだよ。88のセイクレッド・ポイント(=霊場)をアラウンド(=巡拜)するんでしょう。凄いなァ」英語で言えば菅笠(すげがさ)はハット、巡礼羽織はベストになるが、坊主の妻である佳織の邦訳としてはもう1捻り足りないような気がする。とは言え今の志織に私が英語の説明をするのは釈迦に説法、弘法大師に説教をするようなものだ。
「巡礼と遍路は英語ではピグリメイジで一緒だけど微妙に違うんだよ。だから坊主の娘としては区別しなさい。説明は長くなるから手紙で送るよ」ここで私は志織相手にモリヤ家恒例の佛教講座を始めてしまった。巡礼は四国に限らず霊場と呼ばれる寺院を巡拜する信者のことで弘法大師を慕って行跡(あんり)を辿る遍路とは似て非なる者なのだ。このため遍路には真言宗式の作法があるが巡礼には特にない。
「ハワイに帰ったらグラダディとグラマミィにマミィが四国にいる間に88ポイントをアラウンドするように勧めようっと」「それを言うなら四国八十八カ所霊場巡りだ。霊場はセイクレッド・ポイントよりもプレイスの方が良いかな」やはり志織は電話で「ヘンロ」と言われても理解できなかったようだ。ただし、補足説明しなければならない点がある。
「四国八十八カ所巡りは徒歩だと1ヶ月以上かかるぞ。、四国の面積は約19000平方キロだから1番でかいハワイ島の・・・」「ハワイ島は10414平方キロメートル、オアフ島は1545平方キロメートル、マウイ島は1884平方キロメートルだよ」「の倍近いんだ。距離では1200キロ歩くんだぞ。高齢者夫婦のデート・コースには長過ぎるだろう」論理的に説明するつもりが志織に教えられて、佳織の血統の方が濃いのを思い知らされた。
「何よりも1ヶ月間もお前を1人住まいにさせることをノザキ中佐が許すはずないじゃあないか」「うん、でも2人に見せてあげたい素敵な場所なのは間違いないよ」この話を聞いて淳之介が美恵子の腹に宿った沖縄に不思議な郷愁を抱いて永住したのと同様に、志織も佳織の体内で訪れた四国に共鳴したのだとすれば母親が身籠った時点から人生の始まりとする佛教の生命観の深さをあらためて噛み締めてしまった。
「ところでマミィからスマホを送ってくれって頼まれたけどダディは良いの」ここで志織は佛教講座を切り上げて現実の用件に話題を変えた。最近、東京ではスマートホーンと言う不可解な携帯式通信機の売り込みが始まっているが、急速に機能が発達している携帯電話でさえ使いこなせていない私には接触不能な領域だ。むしろパソコンの上達の方向で努力したい。その点、通信のプロである佳織は携帯電話と言う既成の機材の高度化に成功したが故に新機材への転換に遅れを取った日本の通信業界の参入を待つのではなくアメリカの機材を入手することを決めたようだ。
「スマホって志織が使ってる小型のパソコンみたいな画面がでかい携帯電話だろう。あれって便利なのか」「タッチパネルで使い方は簡単だし、何所ででもネットにも接続できるから乗り遅れた損だよ」どうやら佳織と志織母子は時代の波でサーフィンを楽しめているらしい。淳之介は周囲の流行に合わせて受け入れ、私は後退を志向するのがモリヤ家の形だ。
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  1. 2019/10/18(金) 12:40:11|
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