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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月8日・ニコライ聖堂が開堂された。

1891(明治24)年の明日3月8日、東京の神田駿河台にビザンティン様式のギリシャ正教・日本ハリストス正教会東京復活大聖堂(ニコライ聖堂)が開堂しました。
野僧は中学生以来、藤山一郎さんのファンで代表曲「東京ラプソディ」の2番には「現(うつつ)に夢見る君の 神田は思い出の街 今もこの胸にこの胸に ニコライの鐘も鳴る」と唄われているため、山手線の秋葉原で下りて鐘の音を聞きに行ったことがあります。
この聖堂はロシア皇帝と同じ名前であることからロシア正教の教会だと思われがちですが、実際には日本正教会の首座主教座大聖堂(佛教で言えば本山か?)で日本にオーソドクスの教義を伝えたニコライ修道司祭から採られたのです。したがってオーソドクスやギリシャ正教と言うのは間違いではないもののロシア正教ではありません。
山の手線の秋葉原の駅で下りて少し歩くとオーソドクスの特徴である丸いドーム型の屋根が見えてきますが、周囲のビルが建て込んできて屋根や鐘の音が遠くなったのは残念です。
野僧は寺や神社よりも不思議にキリスト教会やイスラムのモスクが好きで、よく讃美歌やコーランの詠唱、バロックやイスラム音楽をBGMに坐禅を組ませてもらいました。
カトリックやオーソドクス、イスラムには坐禅に似た瞑想があるため(神道にも鎮魂行はある)、法衣姿は別にして違和感はありません。
確かにバロックや重低音の歌唱に脳波を鎮める効果があることは医学的にも証明されていますから、坐禅を組む趣味がある方は一度お試しあれ。
  1. 2013/03/07(木) 17:13:48|
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