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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1714

工藤はワシントンの日本大使館に防衛駐在官の諸西将補を訪ねていた。それはリビアでは2月15日に国民評議会が起こした反カダフィの暴動をNATOが支援したことで内戦に発展しており、間もなく首都のトリポリが陥落するとの情報を受けてアラブに精通している松本を派遣することを検討するためだった。
「オバマ政権はイラクに軍事介入して泥沼にはまり込んだ失敗に懲りて中東から手を引いたんだが、EUが十字軍の再現を目指すブッシュの狂気を引き継いでしまったようだな」「EUは成立したばかりだから結束力を固めるのに反イスラムを利用してるんでしょう」諸西将補が着任したアメリカは既にオバマ政権なっていたためイスラム圏への軍事介入は退潮しており、抑えが効かなくなった国際情勢はキリスト教世界とイスラム教世界の対決と言う十字軍の再現の様相を呈して大きく動揺し始めたのだが、日本でも悪夢の政権交代が起こり、まだ機能しているリビア大使館(閉鎖されたのは2014年)を含む外務省の職員たちが危険を冒して収集した情報も受け皿がなくなって外交そのものが成立しなくなっている。
「外務省は事業仕分けで散々に叩かれた後遺症で身動きが取れないらしい」諸西将補は同情と困惑を混ぜ合わせた顔で大使館内の現状を説明した。雀山政権がマスコミ受けだけを狙って開催した事業仕分けなる三文芝居は台湾との2重国籍の元クラリオン・ガールがリベートの手法で官僚を甲高い声で責め立てることが人気を呼んでいたが、外務省も各国の大使館が接待用に備蓄しているワインや高級な備品が槍玉に上がり、外交ではなく社交のために機能しているかのように揶揄されていた。工藤は日本国内での報道は知らないが、諸西将補はアメリカ大使館に赴任する直前に重篤に陥った妻の病室のテレビで見た醜悪な劇場だった。
「外交では国威発揚も交渉で優位に立つための前提作りになりますから、最高級のもてなしで要人を感激させるのは必要経費のはずですが、それを税金の無駄遣いと否定されては現場も本当に困りますね」「最近は大手マスコミが海外の駐在員に各国の大使館を監視させているから秘密予算での活動も公費の不正使用として東京に報告されてしまうんだ。だから情報収集も何時何所で誰が何をするかを正式に申請しないと認められないそうだ」あまりに馬鹿馬鹿しい説明に工藤は悪い冗談かと思ったが諸西将補は真顔だ。
「それでは外務省が機能を回復するまで可能な限り、ウチが情報活動を補完するしかないですね。国際情勢は絶え間なく動いていますから情報が欠落することは絶対に許されません」工藤の言葉に諸西将補も苦々しげな顔でうなずいた。
「イギリスのMI6に同行させたいんですが、コネクションを持つ相手はアメリカ軍の撤退が始まったアフガニスタンに行っていますから今すぐは無理でしょう。ただし、彼が本国から移動命令を受ければ合流させて現地に入らせることも検討します」「それは岡倉くんが同行している人物だな。ならばアメリカの情報機関と言う選択肢はないのかね」諸西将補は工藤たちがアメリカの情報要員との連携を避けていることが気になっており、あえて確認してきた。
「判りました。杉本に確認させましょう」岡倉はイランでの核施設の探索で国務省のテイラーと仲違いしたが杉本と今田は別の人脈を維持している。その点、松本は現地調査では実績を上げていても人脈を構築する余力がない。そこが部内出身者の限界なのかも知れない。
「ところで松本くんには子供はいないのか。奥さんはハワイ在住の日系人だと聞いているが」松本の派遣について具体的な打ち合わせが終わったところで諸西将補が訊いてきた。アラビア語を専門とする松本は世界で最も危険な地域であるアラブ圏に派遣されることが多い。それを命ずる諸西将補が遺族となる可能性を抱える家族に気を配ることも当然だ。ましてや諸西将補には子供がなく孤独な身なので家族に対する想いは過去の防衛駐在官よりも強いものがある。
「ウチの社員は全員独身です。ただし、女の今田と最近別れた杉本以外は内縁関係の妻を持っています・・・子供がいるのは岡倉だけです」隊員個人の現状を報告しながら工藤は一瞬、言葉に詰まった。諸西将補はそれを見逃さなかった。
「何か言いかけたことがあるようだが、まだ報告できないことかね」初めてみる工藤の動揺に諸西将補は柔らかく確認した。すると工藤は入室した直後に女性職員が運んできたまま冷めているコーヒーを飲み干して口を開いた。
「実は私にも子供ができまして」「へッ・・・」諸西将補は究極に想定外の告白に当然のように絶句した。自分よりも5歳以上年長で男性の更年期と言われる還暦を過ぎている工藤が子供を産める相手と関係を持っていること自体が驚異だ。
「それはおめでとうございます。しかし、凄いですな」諸西将補の本心からの賛辞に流石の工藤も赤面した。実は工藤はジェニファーとの関係を個人情報として申告していなかったのだ。
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  1. 2019/10/25(金) 13:14:24|
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