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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1720

名寄に帰って森田曹侯補士は代休と年次休暇で丸々1週間の休暇をもらった。本人としては毎週連続で照子の平日の定休日に休ませてもらった方が有り難いのだが自衛隊はそこまで甘くない。それでも今夜は照子のアパートに泊まり、明日の定休日には実家に行くことになっている。
「貴方、お帰りなさい」夕方、照子の店で本を選んでレジに立つとカウンター越しに顔を近づけて声をかけてきた。まだ下校時間には早く照子は貸し切りなので立ち話ができる。
「今日は北鎮記念館を見学してきたよ。あらためて見てみると色々と勉強になったな」「だから坂の上の雲なのね」レジで文庫本3冊のバーコードを読み取りながら照子は納得した。NHKは2009年末から3年越しの長期ドラマとして司馬遼太郎の傑作「坂の上の雲」を放送しているが昨年末の第2部では乃木の第3軍が旅順要塞攻撃を始めたところまでだった。北海道の第7師団が旅順要塞攻城戦に参加するのはこれからになる。つまり照子は全編を読破しているようだ。一方の森田曹侯補士は両親が愛媛県出身ということもあり、家の本棚にはハード・カバーの3巻が鎮座していた。森田曹侯補士も中学生の時、この本で夏休みの読書感想文を書いたのだが、沖縄の教師からは「戦争賛美の小説だ」と叱責されただけだった。
「これから喫茶店で照子の仕事が終わるまで読んでるつもりだから呼びに来てくれよ」「うん、晩御飯は家(うち)でね」照子はそれが以前待ち合わせた喫茶店であることを確認するとお釣を手渡した。気がつくと次の客がCDを持って待っていた。
「今日は遅くなったから海老フライはまたね」アパートに帰った照子はエプロンをしながら台所に向かった。月初めは新刊や新着CDの発売が重なるため閉店が遅れたのだ。今日のオカズは一緒にスーパーで買ってきたから鮭の刺身と判っているが言い訳のために説明したらしい。
「これだったら外食にした方が良かったみたい」タイマーで飯が炊き上がっていることを確認しても照子の独り言は続く。森田曹侯補士は座卓で読みかけていた文庫本を閉じてその背中を見詰めた。すると照子は袋から野菜を取り出し、刺身に添える野菜サラダと味噌汁を作っている。味噌汁は北海道では嫁には喰わせない秋物になりつつある茄子で、千切ったレタスにスーパーの総菜のポテト・サラダを載せれば完成だ。
足でリズムを取りながら包丁を使っている照子の尻を見ていて森田曹侯補士は突然、性的衝動に駆られてしまった。前回の宮古市での泥にまみれた復興作業とは違い石巻での炊事と入浴支援では体力を消耗しておらず、任務から解放されて今まで保っていた自己制御が効かくなったようだ。森田曹侯補士は立ち上がると背後から照子の腰に手を回して抱きついた。
「こらッ、刃物を使っているのに危ないでしょ」「駄目だッ、我慢できない」森田曹侯補士は荒く鼻息を吐きながら照子のスカートを捲り上げ、下着に手を掛けた。
「刺すぞ」「刺すのは俺の方だ」照子が前を向いたまま包丁をかざすと森田曹侯補士は言葉で制して手際よく片手で自分のGパンのベルトを外し、一気に下半身を露出した。次の瞬間、照子の脳に衝撃が突き上げ、目の前に赤い閃光が走った。結局、2人の第2ラウンドは速攻に始まり、布団も敷かない畳の上での徹底攻勢になり、照子は快楽の渦で溺死した。
「森田謙作です。始めまして」「照子の父です」「母です」「叔父です」「義理の叔母です」「その下の叔父です」「その嫁です」翌日、森田曹侯補士はタクシーで照子の実家に行った。牧場の牛舎に隣接する家の広い客間で作業着のままの親族と対面した。客間の梁には明治期に岩手県から屯田兵に志願して旭川に配属されてきた初代一家以降の家族写真が大きく引き伸ばされて並べられている。その初代の軍服姿は照子の部屋に掛けられている北海道巡幸屯田兵御覧の図に重なってくる。照子の父や叔父たちの顔立ちもやはり似ていた。
「照子からお話は聞いています。随分お若いとは聞いていましたが、まだ大学生くらいのお年のようですね」「はい、23歳になりました」森田曹侯補士は本来であれば遅くとも今年の1月には3等陸曹になっていたはずだが滋賀総監の着任によって無期限延期になり、年齢だけが昇任してしまった。今思えば前任の総監も生徒出身の防衛大学校卒で曹侯補士の3曹昇任を遅らせていた。結局、自衛隊工科学校に改編された生徒の採用枠を維持するため先輩の将官たちが強権を揮ってきたと言うことではないか。
「貴方みたいに若くて素敵な人がどうして照子みたいな離婚歴がある年増とつき合うことになったんですか」黙ってこちらを凝視している父親に代わって母が質問してきた。両側に並んでいる叔父叔母も一斉に顔を向け、隣りに座っている照子は肩に身を寄せてきた。
「はい、それは自分にも判らないんですが、磁石が引き合うみたいにくっ付いて離れられなくなっています」「本当にくっ付いてるな。そんな照子を見たことがないぞ」森田曹侯補士の不可解な説明を下の叔父が呆れたように納得し、両親は顔を見合わせてうなずいた。
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  1. 2019/10/31(木) 12:38:26|
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