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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1722

滋賀陸将が熱中していた災害派遣が終結して北部方面隊総監部と隷下各師団司令部は先送りにしていた数多くの指示事項の実現に向けて動かなければならなくなっている。森田曹侯補士を含む曹侯補士の抹殺もその1つだ。
「閣下は曹侯補士を3曹にしないと仰っただけでそれに伴う処置には手を着けておられないのだから説得による依願退職として処置するしかないだろう」「その説得も余計だな」人事担当者たちは顔を合わせると一つ間違えれば民事訴訟に発展しかねない危ない橋を無事に渡るための腹の探り合いを繰り返している。陸上自衛隊では帝国陸軍の兵役に倣って入隊時に課せられている任期を満了した陸士には厚遇を与えているが、途中で辞める依願退職者については見せしめ的な意味でも冷遇してきた。今回もこれを適用することになる。
「就職援護だけで退散願えれば有り難いが娑婆は不況だから手土産くらいは持たさないとまずいぞ」「せめて運転免許ってところかな」現在も地方協力本部の広報官は新入隊員を募集する際、「無料で運転免許を取得できる」を殺し文句にしているので無免許の陸士は少なくない。部隊としても免許証を持っていなければ無断で車両を運転して違反で捕まり、事故を起こす危険性が低くなるのであえて問題にしていなかった。
「しかし、大型では3カ月かかるから閣下が痺れを切らすんじゃあないか」「普通車なら1ヶ月半ですむかな。それで免許と引き換えに退職させれば厄介払いも早く済むと言うことだ」結局、採用時の雇用契約を正当な理由もなく破棄し、説得による同意も本人の都合による依願退職にする異常な=違法ギリギリの人事も担当者にとっては面倒な仕事の処理に過ぎなくなっている。これが上意下達・絶対「盲」従の陸上自衛隊の体質なのだ。
休暇を終えて帰隊した森田曹侯補士は早速、中隊長室に呼ばれた。今回は小隊長と先任陸曹も同席しており、ソファーは幹部2人が1人掛け、先任陸曹と森田曹侯補士が2人掛けに並んで座り満席になっている。先任陸曹の前には身上票のバインダーが開かれている。
「森田は普通免許を持ってるよな」松山3佐から目で促された先任陸曹が話を始めた。言い終って先任陸曹は中隊で預かっている運転免許証を茶封筒から取り出した。
「はい、父が曹侯補士は一般陸士のように就職援護名目がないからって高校時代に自動車学校で取りました。普通免許を持っていれば大型の入校期間が短くなるとも言っていました」森田曹侯補士の父親は航空自衛隊の輸送幹部なので自衛隊の裏事情に精通しており、生半可な浅知恵では対抗できない。今回、普通免許になった理由が入校期間の短縮だとすれば森田曹侯補士の場合は大型でも合致することになってしまう。おまけに免許と引き換えに退職と言う構図も成立しない。先任陸曹は渋い顔をして松山3佐を見た。
「お主は免許を取るなら何が欲しい」「中隊長、それは少し・・・」松山3佐の唐突な質問に先任陸曹が慌てて制止した。先任陸曹は連隊本部から「曹侯補士を普通免許と引き換えに退職させろ」と命じられているだけで希望アンケートまでは求められていない。小隊長も複雑な顔で松山3佐と森田曹侯補士の顔を見比べた。
「大型も欲しいですが、取りにくいという点では大型特殊が希望です」森田曹侯補士は今回の休暇で照子の牧場の仕事を体験し、搾乳や牛舎の清掃だけでなく牧草の刈り取りと運搬なども機械化されていることに驚いた。勿論、牧場内は公道ではないため免許の保有を義務づけられていないが常識的には取得しておくべきだろう。
「大特か。よし研究してみよう」「しかし、普通科では大特の免許講習への参加資格がありません」「そこを何とかする方法を研究しようと言っているんだ」安請け合いにも見える松山3佐の返事を聞いて小隊長が疑問を呈したが意に介すような人物ではない。むしろ森田曹侯補士が提供してくれた課題に取り組む意欲が表情に現れている。この積極姿勢が並みの陸上自衛隊の幹部とは違うところであり、3尉の時に薫陶を受けた中隊長から伝染した悪癖でもあった。
「その件は私から連隊1科に報告するんですか」「先任では説明し切れないだろう。俺が1科長に直談判するから安心しなさい。当分、機嫌が悪くなるから接触しない方が好いな」これでは安心できないが、松山3佐が心証を害するのは毎度のことなので諦めるしかない。
「下手すれば4中隊から配置換えになるかも知れないが、大特免許の取得を優先するから仕方ないな」あまりにも先走り過ぎた見解に3人は口を開けたまま視線も合わさなかった。松山3佐は咄嗟に本部管理中隊の施設作業小隊に配置換えして大型特殊の講習に割り込ませる秘策を思いついたようだ。「免許と引き換えに退職させる」と言う条件を前面に押し出せば1科長も呑まざるを得ないと言う計算も働いている。ただし、流石の松山3佐も大型特殊免許に関する予備知識を持ち合わせていないので単なる思いつきに過ぎなかった。
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  1. 2019/11/02(土) 12:45:29|
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