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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1723

「ウチでも陸曹になれば大特免許を取得できますが・・・」話が松山3佐と森田曹侯補士だけで進み始めると蚊帳の外に置かれた小隊長が意味のない現状を口にした。第3普通科連隊は所属隊員の移動手段として装甲車が配備されている完全機動化連隊のため陸曹になると大型特殊免許を取得させている。ただし、連隊本部がその取得基準に特例を認めるとは思えない。
「あれは大特でも装軌と言ってキャタピラ限定だろう」「その後、限定を解除させています」今度は先任陸曹が補足したがこれも意味はない。
「森田は民間人になるんだ。建築会社に就職してブルドーザーを運転しない限り、装軌指定の大特免許は必要ない」知識と思考が自衛隊限定の小隊長と先任陸曹が黙ってしまったところで松山3佐は立ち上がって机の電話をかけた。取り残された2人は戦々恐々と言う顔で聞き耳をそばだてている。兎に角、この中隊長は並みの隊員の理解を超越した知識で思考を展開し、想像を絶する結論を出して行動に移すのだ。ここだけの話、連隊長も持て余しているらしい。
「もしもし、4中隊長の松山です」押したプッシュ・ボタンの数と「4中隊長」と名乗ったことから連隊内への電話であることは推察できる。
「小隊長、大型特殊の免許について教えてくれ」どうやら電話の相手は本部管理中隊の施設作業小隊長らしい。これでは松山3佐が大型特殊免許について無知であることを自白しているようなものだが、そのような虚栄心は始めから持ち合わせていない。
「大特の免許にはどんな種類があって、どこで取得するのかね」質問の入口で2尉の小隊長だけでなく先任陸曹も自分の知識が「装甲車」から先に出ていないことに気がついた。
「なるほど公安委員会の大特免許はあくまでも公道を走行するためで、実際に作業するには都道府県の労働局長の作業免許が必要なんだね」流石に施設幹部の小隊長の説明は詳細なようだ。実は森田曹侯補士も大型特殊免許については無知に近く、航空自衛隊の輸送幹部でもある父に電話で訊いてみようと思っていたのだ。
「作業免許は土木建築用なのか。フォークリフト、移動式クレーン、移動式クレーンの玉掛け、小型移動式クレーン、車両系建設機械、これには整地と解体用がある。それと高所作業車だね。どうも該当する車両ではないみたいだ」聞いている森田曹侯補士はメモ帳が欲しくなったが、松山3佐は全て頭に書き込んでいるようで円滑に質疑応答を進めていく。
「それで部隊で装軌指定じゃない大特の免許を取得しようと思ったらどこに行けばいいんだね」唐突に質問が核心に入った。ここまで手の内を明かしてしまうと電話を受けている施設作業小隊長が警戒しそうだが、松山3佐の知識探究欲=情報収集力が通常の幹部自衛官とは別物であることは連隊中に知られているようだ。
「旭川で集合教育があるんだな。それで時期は・・・随分と先なんだね」ここで松山3佐は少し落胆したような口調になった。おそらく冬季の降雪時期までの集合教育はすでに参加者が決まっており、その先は来春以降なのかも知れない。
「忙しいところすまなかった。参考になったよ。ありがとう」短くはない電話を切って席に戻った松山3佐は森田曹侯補士の顔を見ながら話を始めた。
「結論から言えば自衛隊で取得するよりも自費で受けた方が早いようだ」小隊長と先任陸曹は先ほどの安請け合いを思い出して苦笑を浮かべたが、森田曹侯補士は真顔でうなずいた。
「農場や牧場で使用するコンバインは法的には免許がいらないが公道を通過した場合、無免許運転で摘発されることになるから大型特殊免許を取得しておくべきだと言うことだ。そこで学科と実技については施設作業小隊で面倒を見てくれることになった」やはり松山3佐の頭には会話の内容が完全に記録されている。しかし、始めから蚊帳の外に置かれている2人は前提となる森田曹侯補士が大型特殊免許を必要とする理由から説明を受ける必要があった。
「やはり退職の引き換えは大型だな。先任は1科に行って『これが実現しなければ退職の同意書を撤回する』と航空自衛隊の輸送幹部の父親からの電話を受けたと愚痴をこぼしておけ」「しかし、駐屯地の自動車訓練所は3月で閉鎖されましたから連隊の一存では決められないのでは」この指示に先任陸曹が疑問を口にした。実は名寄駐屯地の自動車訓練所は東北地区太平洋沖大地震の災害派遣に出動している間に事前の計画通りに廃止され、師団内の大型自動車や牽引、大型特殊の免許取得者は旭川駐屯地に入校することになっている。
「そこも狙い目じゃあないか。旭川に入校できれば永久就職の準備も進められるだろう。それが決まるまでは大特の教育訓練。本管中隊長が必要だと言えば臨時勤務の個命(個別命令)を出す。森田ほどの人材を失う代償を連隊にも負ってもらわないと俺が納得できん」やはり松山千秋3佐は防衛大学校出身の上司でも手に余る厄介な存在のようだ。
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  1. 2019/11/03(日) 12:47:21|
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