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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1727

「武力紛争関係法では戦闘員の資格を『武器を公然と携行している』『明確な徽章を装着している』『指揮官によって指揮される2名以上の集団』と規定していて自衛官であろうと軍人であろうと関係ないのです。だから日本国憲法が軍隊を持っていないと言えば我々は自衛官でしかありません」「武力紛争関係法って何ですか」松山2尉の熱弁に大学生の1人が妙な点を質問した。この質問は松山2尉も熱弁を揮うモリヤ中隊長にしたことがあるので仕方ない。
「武力紛争関係法は一般的には戦時国際法と呼ばれていますが、現在の法運用は平時のテロも含むようになっているので日本語訳を変更しようと運動している学者がいるそうです」要するにモリヤ1尉が納得している呼称の定義が世間には認知されていないのだ。
「やはり幹部自衛官になるには講師のような幅広い学識が必要なんですか」ここで質問は講演の趣旨に沿った方向に流れ始めた。入口の席に座った司会者の3佐も安堵したようにうなずいた。
「陸上自衛隊は引き出しが沢山ある戸棚みたいな組織で、棚の中には雑多な物が入っていて使用者はそれを選んで使うんです。中身がなければ物入れに利用します。だから幹部候補生の試験に合格すれば私のようなW稲田大学でも姉妹校のバカ田大学でも使い道は考えてもらえます」これはウケをねらったのだが大学生たちは「天才バカボン」を知らない世代なので空振りに終わった。松山2尉自身も守山に来て説明を受けるまではこの漫画を知らなかったので当然だ。ところが松山2尉はこの説明に自分自身が納得できなかった。そこで補足することにした。
「ただし、引き出しに納まり切れない大きさだと別の場所に放置されることもあります。爆発物や発火物は別の容器に入れて厳重保管されますから気をつけて下さい」これは自分だけでなく久居の閑職に転属していった認めたくはない恩師・モリヤ1尉についても感じている組織の限界だった。結局、陸上自衛隊と言う組織は16万人(当時)の定員を抱える巨大組織の割には人材を最大限に育成して能力を目一杯に発揮させる度量に欠け、型に嵌めて同一規格品にすることしか考えていないようだ。おそらくモリヤ1尉も同類だったから松山2尉を動物園の檻に押し込むのではなくサファリパーク程度の飼育にしたのではないか。
「幹部自衛官の仕事を私たちにも判るように説明して下さい」ここで先ほどの女子学生が発言した。やはり受験する気持ちが固まっているようだ。
「私が所属している陸上自衛隊について言えば生徒指導を兼務している体育の教師みたいな職務です」思いがけない例えに大学生だけでなく司会者も呆気に取られた後、苦笑した。会議室内が軽い笑いに包まれたので先ほどの空振りは挽回できたらしい。
「早い話が体育会系の職場何ですね」「私は頭脳労働者として就職したつもりですが、その頭脳を使う場所が野外ですから肉体労働を伴います。むしろ身心を酷使させて最悪の状況に陥らせたところに課題を与えて解決させるのが幹部自衛官の訓練と言えるでしょう」「最悪の状況ってどんな目に遭うんですか」今度は男子の大学生が少し怯えたように質問してきた。陸上自衛官が過酷な訓練を受けることは松山2尉でさえ覚悟はしていた。結局、この大学生はそれほど自衛隊を受験する気はないのだろう。
「私は入隊した時の体力検定では懸垂が2回しかできなくて100メートル走は15秒、1500メートル走は7分超えで級外でした。それが幹部候補生学校を卒業する時には懸垂は10回、100メートル走は13秒半、1500メートル走は6分切りで4級になった。大学時代は体育会系とは真逆の生活を送っていたけど次第に頭の中が筋肉質になって行くのが判ったね。夕陽を見て『これが青春だ』って叫びたくなったよ」ここでも笑いが起こった。松山2尉の冗談は隊員には無視されても大学生は反応するようだ。
こうして松山2尉の本題を飛ばして始まった質疑応答の講話は地連本部が想定していた以上に盛り上がり、予定時間を大幅に超過してしまった。
「最後に補足すると近世プロシアの戦争哲学者であるクラウゼヴィッツ少将は『戦争論』の中で軍隊の将校には学問的に優秀な理知的な人物よりも直観力に優れた野性的な人間の方が役に立つと言っている。その点をよく考えて願書を書きなさい」司会者に促されて松山2尉は話をまとめた。するとまた同じ女子学生が声を掛けた。
「もっと具体的にお願いします」「最初に話した愛知大学中退の中隊長は指揮官には砂漠の中でどちらに行けばオアシスがあるかを決める直観力といくら歩いても見つからない時、それでも進むか曲がるかを決める判断力が必要だと言っていた・・・私がそれを鍛える方法を訊ねたら『坐禅だ』と言われたよ。ただし、臨済禅限定だそうだ」この解説は質問を待たずに回答した。実は松山2尉も坐禅を試したのだが禅宗寺院が開いている坐禅会に通うのではなく、手引書を購入・熟読して官舎の部屋で坐っただけだった。ここで講話は終わった。
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  1. 2019/11/07(木) 11:31:36|
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