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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1730

「お腹が空いたでしょうから時間がかかる料理は夕食にします。トレイはどこですか」松山2尉が台所の床に置いてある脚を折り畳む小ぶりな座卓の上に新聞を広げていると中村士長が調理台から訊いてきた。鼻歌とリズミカルな調理の音の合唱と共に好い匂いが漂ってくる。
「お盆はないな。いつも1品か2品しか料理は作らないから2往復すれば用は足りるだろう」本当は料理ではなくレトルト食品を温めてご飯にかけた1品にスーパー・マーケットの総菜コーナーで買ってきたオカズ、気が向けばカップ・スープか味噌汁だ。
「だから食器も殆どないんですね。私は引き出しにあった割り箸を使わせてもらいます」ここまでくると中村士長も呆れるのに慣れてしまって諦めたように答えるようになった。
そうして中村士長が両手で運んできた朝昼兼用の食事はベーコン・エッグと千切ったレタスにマカロニ・サラダが載り、お湯で溶かしたカップ・スープとインスタント・コーヒーだった。マカロニ・サラダにしたのはポテトでは茹で上がった後も粉吹きにする手間がかかるので短時間で終えるための選択らしい。この点でも家事の能力はかなり高い。
「私は捨ててあったカップの容器を洗って使わせてもらいます」松山2尉の分に続き、自分の分を運んできた中村士長はコーヒーとスープを入れたカップ・スープの容器を見せながら説明した。次のベーコン・エッグとサラダはカップうどんとカップ焼きそばの空容器だ。
「綺麗になった部屋で手料理を食べられるとは思わなかったよ。本当にありがとう」座布団も1枚しかないため運んでくる間に譲って待っていた松山2尉は珍しく丁寧に礼を言った。すると席についた中村士長は首を振った。
「本格的な掃除は午後からかかります。松山2尉も勉強部屋を片づけて下さい」中村士長としては午前中に掃除を終えて昼食を作って帰る予定だったのかも知れないが、散らかり方が想定以上だったため一日仕事にしたようだ。何はともあれ2人で手を合わせ、料理に手をつけた。ただし、松山2尉に合掌する習慣はなく中村士長に連られただけだった。
「私の上の姉は久居の教育隊でモリヤ1尉の下で働いているんです」いきなり食べ物が喉に詰まるような話題になった。守山に着任した時の中隊長であるモリヤニンジン1尉は妻が2年間の指揮幕僚課程にCGSに入校するため常日勤の教育隊に転属した。担当しているのは男子の新隊員だと聞いているのでWACの配置があるのは意外だ。
「姉は衛生職種の3曹です。曹学出身なので準看護師課程には入校できなくて代わりに指揮能力を鍛えるために教育隊に配属されているんです」衛生職種の隊員を対象とした準看護師課程は2年間の教育後、国家資格を取得した時点で3曹に昇任する。陸曹が資格取得のために入校することも可能だが旨味が半減するので希望者は滅多にいない。
「姉は曹学の先輩でもあるモリヤ中隊長に密着している間に尊敬が憧れになって、今では胸の中に熱い恋心が燃えているそうです。奥さん不在の間だけでも好いから愛されたいって言っています」「あの人にそんな男性的な魅力があるとは思えないよ。煩悩を捨てた坊主じゃあないか」松山2尉の返事を聞いて中村士長は講話の時のモリヤ1尉に対する妙な距離感を思い出して鼻息を噴き出した。それを松山2尉は困惑しながら眺めていた。
「上のお姉さんってことは3人姉妹なのか」「はい、父は笠取山の空自の曹長で名張市に家を買って住んでいます。上の姉は曹学で陸自、真ん中の姉は曹学で海自、私は高等看護学校を目指したんですが失敗して新隊員です」「早い話がお姉さんたちの上に立ちたかったんだな」松山2尉の指摘にサンドウィッチを頬張っていた中村士長は肩をすくめて笑って誤魔化した。高等看護学校は自衛隊中央病院で4年間の教育を受け、国家試験に合格すると2曹になる。曹侯学生の姉たちよりも上官になるはずだが4年の間に昇任していれば目的は半減する。
「私は末っ子ですから人一倍負けず嫌いなんです。父の影響で空手を始めても姉たちは高校の空手部の和道流でも私は中学生から極真会館の道場に通いました」「極真って当てる奴だろう・・・」松山2尉の武道に関する知識は隊員たちの雑談から仕入れた断片情報しかないが、それでもフルコンタクトの極真会館空手の強さは想像できる。
「はい、黒帯の初段です」この説明で中村士長が無防備に一応は男性である自分の部屋に上がり込んできた理由も理解できた。下手に襲いかかれば返り討ちではすまなかったはずだ。松山2尉には下心はないはずだが急に喉が渇き、インスタント・コーヒーをすすった。
「そう言えば制服の部隊章は茶色だったけど・・・徽章も見たことないな」「私は需品科なんです。元々は後方支援連隊です。あの職種徽章は補給倉庫の鍵と燃料の漏斗、糧食のクロワッサンを組み合わせたデザインなんですよ」これで謎が解けた。需品科であれば浴場だけでなく上下水施設の管理の専門家だ。布団に染み込んだ体臭くらいは気にならないのだろう。
い・三宅由佳莉イメージ画像
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  1. 2019/11/10(日) 12:07:53|
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